近頃のテーマ

最近、よく考えるのは、

「あいだ」
「人でなし」

という言葉である。


「あいだ」ということを考え始めると、「生きる」ということは、何もかもが「あいだ」によって構成されているように思える。

あらゆる「あいだ」を意識するかしないか、意識できるかできないか、意識するべきかしないべきか・・・・・。

「あいだ」を「自分」に置き換えて考えてみると・・・・・また「あいだ」が見えてくる。

そんなことの繰り返しである。つまり、時間でも空間でも自分を意識しようとすれば、あいだが生じるわけであり・・・・・そのあいだをどうするべきか・・・・なんて考えるのでありますが、それにいったいどんな意味があるのかと、問われれば、まったく答えはありません。

「人でなし」という言葉も、実に私を刺激します。

「人でなし」とは、
「思いやりや人情のないこと。人間とは認められないような心の冷たい人。人非人」とある。(国語辞典 角川)

言葉の使い分けとして、国語辞典によれば、「人」とは、一人前と社会で認められた存在をいうらしい。

では、「人であり」ということは、「思いやりや暖かい心を持ち、社会的に認められた一人前の人間」ということなのか。



実は、今日は何も約束がないため、朝から風呂でも入り、ゆっくり読書と決め込んで、太宰治「ヴィヨンの妻」に収まっている短編を読み始めたのだが、これが実に面白い。今まで太宰を読んだことはなかったのだが、実に面白いのである。・・・しかし、面白い故に、どうにもこうにも、小説の内容よりも、上記の「あいだ」と「人」と、太宰と、登場人物達の絡み合った、「妄想」(私の悪癖だ・・・)が膨らみすぎて、収拾つかず、一旦風呂から上がって、ブログでも書いて落ち着くか・・・と、このようなことになったわけである。


・・・・・・と、今日は、太宰がすっかり私に住み着いているわけですが、
(影響を受けやすい性質でので・・・)

「人間失格」へと向かう勇気を持たねばならぬ・・・・と思うのであります。
人間を失格したもの・・・・・・・すなわち、「人でなし」???

斜陽館に行ったお陰で、太宰治という人物や、かれの言葉と、わたしとの「あいだ」が変化したようです。

「人」である、「人」として生きるということは、なんと難しいことなのでありましょう・・・・。



では、もう一度、風呂へと戻ります(笑)
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by saori-kitamura | 2009-09-11 11:10 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(0)

ソプラノ歌手 北村さおりの日常あれこれと音楽活動のご紹介。 


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