父の誕生日に  父の思いでその2

父は兄弟仲がとても良かった。妹が宇都宮から東京の学校へ遠距離通っている時は、毎晩自転車で駅まで迎えに行っていたそうです。姉とはべったりと仲がよく、東京でも一緒に暮らし、名前で呼び合い仲が良いのでよく夫婦に間違えられたとか。社交的で行動的であるとも言えますが、実家側からみると心配の絶えない父だったようです。父が自由に東京に行けたのも、実家のお兄さんがしっかりと両親や家を守ってくれていたからです。
姉、妹のおばのことは名前で呼んでいたのに、おじのことは「アニキ」と呼んでいました。尊敬していたのだろうと思います。

母との出会いは電撃的。プロポーズはあっという間だったようですが、結婚には重要な問題が。当時教会では信者同士の結婚しか認められていませんでした。別に、教会で結婚式を挙げなければいいだけのことですが、母は要理に通い、洗礼を受けてから結婚をすることになりました。それはなんで?と聞いてみましたが、当たり前だと思ったし、自然に・・・ということだったようです。そんなものでしょうか・・・・母もけっこう不思議です。

結婚してしばらくは両親で教会に通い、長女には幼児洗礼を授けたものの、その後八王子に引っ越しをきっかけに両親は教会へ行かなくなったようです。

私は子供の頃、おばあちゃん、おじいちゃんのお墓参りでお寺には行くけど、もしかしてうちはキリスト教なのかしら・・・おばさんたち、いとこたちも教会に行っているようだし・・・と気になっていました。ついに中学の時、父におそるおそる「教会に行ってみたい」と言ってみました。。父はクリスマスのミサに連れて行ってくれました。初めての儀式(ミサ)で、何がなにやら全くわかりませんでしたが、父が他の人と同じように、ひざまずいて祈りを唱えたり、立ったり座ったり・・・・。ああ、やっぱり父は教会の人だったんだ、とはじめて納得しました。しかし、その後、続けて教会に行くこともなく、話になることもなく、私は高校生になりました。

東京純心女子高校はうちから一番近い私立の女子校で、ミッションだからと言う訳で進学した訳ではなく、学力的に選んだ学校でした。

入学式のまえ、たぶん制服や教材などを取りに行ったとき、父と行きました。すると父がいつの間にかシスターたちと仲良く話し込んでいて、当時父のそういう社交的なところが恥ずかしいと思っていた私は「イーヤー!!」と心で叫んでいたのですが、宇都宮教会のことや、お世話になったフランシスコ会の神父さまのことをご存知のシスターがいて、父はとっても嬉しかったようです。

入学後、特に何か大きな感動やきっかけがあった訳でもありませんでしたが、わたしも「当たり前のように、自然に・・・」八王子教会の要理に通うことになり洗礼を受けました。しかし、父は洗礼式に来たかしら・・・その後も教会へはつながりを持つようになりましたがミサに行くことは少なかったような、、、。動けなくなってから、病床の父の見舞いに神父さまは通って下さいましたが、父は最後まで熱心な信者のようには見えませんでした。

しかし、今回この話を聞き、やっぱり父は神様とともにあり、神様によばれて信仰の道を選んだのだろうと確信しました。
そして、わたしも。
神様のそばで育ち、あるとき、神様の呼びかけを聞いたのだな、と思います。

ただし、父と同じで不良信者、ミサはさぼりっぱなしですけれど・・・・・。





まだみんなで迎えることが出来たお正月。
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東京純心女子高校の入学式。登下校では、このマリアさまにご挨拶する習慣が。ごきげんよう・・・とは言いませんけど。
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by saori-kitamura | 2014-07-02 09:34 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(0)

ソプラノ歌手 北村さおりの日常あれこれと音楽活動のご紹介。 


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