ぼやいてにっこり

前回のぼやき、思いの他応援の反響を頂いてありがとうございました。

あの日は午前中にぼやきを投稿して、その後封筒の山を抱えて、郵便局を口実に走りに出かけた。昼間走るのはめずらしいので、早朝や夜は怪しまれるので入らない路地なんかをぐるぐる。実家から、今の我が家に上ってくる道は、子供の頃、亡き父と良く散歩をした。我が家は今は広大な住宅団地だが、私の子供の頃はまだ開発中の山・山・山だった。藪に囲まれ薄暗い道、藪の中に農家の大きな家がぽつぽつ見えていた記憶。春に歩けば、スミレ、薇などの山草、時には木の芽を摘んだり、掘ったりして持ち帰り、庭に植えたり挿し木したり・・・。今はいけないだろうけど、当時はいっぱいあったので・・・・・。水を引く前の田んぼは一面の蓮華畑、あぜ道でせりやつくしを摘み、用水路にいる魚やザリガニで遊んだ。
今は、どこにも、陰すらない。藪は開かれ、モダンな家が続く。途中、開発で道も変わったのか、どこにいるのかわからなくなってしまい、あてずっぽに走る。

そして帰宅後おふろ。1人ゆったり昼間のお風呂。贅沢だね~!気分はすっかり良くなって・・・そしたら電話。ごめんね、お風呂中♪なんて思っていたら、チケットのお申し込みだった。その後も電話が何度もなり、なんとこの日の午後は4件のお申し込みを頂いた。

表の顔と、裏の顔・・・こう私は表現したが、通常は私はおそらく「表の顔」が自分でも自分らしいと思って、それが普通で生活している。だから「裏の顔」なんて物の存在は忘れているのですが、時々「頑張ってあなたを支えてる私を忘れないで!」と、どこからともなく顔を出す私もいて、それが裏の私。

そりゃ、いろいろあります、思います、悩みます。でもいつもは頑張れます。でも、時々頑張れるけど、だけど、だけど、辛いこともあって、それを引き受けているわたしのことも忘れないでよっと、裏の私は言ってきます。だからそういう時は、裏の私を表に呼んで、時々自由にさせてやる。多くの場合、そのお顔を拝むのは家族と親友Nちゃんとなるわけですが、今回はたくさんの方にその存在を認められ、しかも励まされ、それは、それは大満足をして、また心の奥底に戻っていったのでした。

先日読んだ「感じて動く」佐渡裕 聞き手 辻秀一
ここで、佐渡も本当の自分を知っているのは妻だけだ・・といっていた。
この本、何を頑張っていいのか、何が自分の人生の中で優先させるべきことなのか、ちょっと迷っちゃった人には、お勧めです。

佐渡といえば「感動」・・・ってなかんじですが、

チャレンジは常にリスクや恐怖、不安を伴う。チャレンジには勇気が必要だ。
それを乗り越えてこそ、大きな感動がある。
しかし、無謀なチャレンジは感動を生まない、地道は知識とスキル獲得がなければチャレンジの向こうにある自由もやってこない。

この箇所は、あとがきに聞き手役の辻氏が取り上げた部分だが、大したことが書いてあるわけでもなさそうで、す~~ぐに読めちゃう本でしたけど、なんとなく、ああそうよね・・・・あなたでも??と、会話に参加したくなるような本でした。

対話本といえば、急に思い出した。
「音楽」という、小澤と武満の対談集を出版は古いが、わりと近年に読んだ。
この人たちの対話には、とても参加できないな・・・・すごすぎて・・・時代も違うし。

その点、佐渡は身近だね。こういう指揮者がいてくれることは、もし私が今アマチュアの楽器吹きだったとしても、今の現実アマチュアの方たちと音楽を楽しんでいるプロの私としても、ありがたいことです。「感動」はみんなのものだよね。
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Commented by オリーブ at 2007-10-04 08:43 x
お父様との素敵な思い出があっていいですね!!お優しいお父様の笑顔が浮かびます。
”裏の顔”というより、もっともっと情を出されるといいのではないでしょうか?人は、結局、”情”で動きますので(理屈を後でつけて)、情の交換をもっともっとしていただけると有難いかな?と、思ったりして・・・。
by saori-kitamura | 2007-09-28 10:26 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(1)

ソプラノ歌手 北村さおりの日常あれこれと音楽活動のご紹介。 


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