カテゴリ:リサイタルの記録( 15 )

トロイメライ プログラム

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by saori-kitamura | 2016-06-22 17:55 | リサイタルの記録 | Trackback | Comments(0)

小さき花の詩vol.6

*〜Programm〜*

Wolfgang Amadeus Mozart ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)
 Schon lacht der holde Frühling,K580  コンサートアリア「やさしい春がもうほほ笑んで」

Richard Strauss リヒャルト・シュトラウス(1864-1949) 
Sechs Lieder nach Gedichten von Clemens Brentano op. 68
 「ブレンターノの詩による6つの歌曲」 より
・An die Nacht 夜に
・Ich wollt ein Sträußlein binden 私は花束を編みたかった
・Säus'le, liebe Myrte! 葉を鳴らせ、愛らしいミルテよ
・Als mir dein Lied erklang あなたの歌が響いたとき

山田耕筰(1886~1965)
 「幽隠」  ・花の色は ・忘らるる ・あらざらむ ・玉の緒よ ・わが袖は


Gustav Holst グスタフ・ホルスト(1874-1934)
4 Songs for Voice and Violin Op.35 「声とヴァイオリンのための4つの歌 」
  Ⅰ Jesu sweet イエズス あなたに唄う
   Ⅱ My soul has nought but fire and ice 我が魂は火であり氷であれば
   Ⅲ sing of a maiden 私が唄うは乙女
   Ⅳ My Leman is so true 私の愛する方は偽りがなく

Karol Szymanowski カロル・シマノフスキ(1882-1937)
Vokalise-Etüde ヴォカリーズ
Trzy kołysanki op.48 「3つの子守唄」
   Ⅰ Pochyl się cicho nad kołyską ゆりかごのうえに
   Ⅱ Śpiewam morzu 海に向かって歌う
   Ⅲ Biały krąg księżyca 月の白い円盤
Vier Gesänge op.41 「4つの歌」
     Ⅰ Mein Herz 私の心
     Ⅱ Der junge Prinz(1) 若い王子様が
     Ⅲ Der junge Prinz(2) 若い王子様が
     Ⅳ Das letzte Lied 最後の歌

Nicolas Medtner ニコライ・メトネル(1880-1951)
 Sonate-Vocalise C-Dur, Op. 41/1, mit einem Motto "Geweihter Platz" von Goethe
 「ソナタ・ヴォカリーズ」 ゲーテの詩「聖なる場所」付き

*小さき花のごあいさつ*

・・・「小さき花の詩」とは私のブログのタイトルでもありまして、聖書に「思い煩うな。野のゆりを見なさい。つむぐことも織ることもしない」とあるように、またカトリック教会の聖人である小さき花のテレジアが生きた「小さな道」に習い、「何か立派なことをしようとするのではなく、神様(音楽)の前では最も小さなものでありたい」という思いを込めています・・・
 
 これは2008年7月23日に、みなとみらい小ホールで開催したリサイタルプログラムからの抜粋です。リサイタルに「小さき花の詩」とタイトルを付けたのは、この4回目のリサイタルからでした。意気込んではじめたリサイタルでしたが、歌い続けていくことは簡単なことではなく、くじけそうになっていたこの頃。しかし、他と比べるのではなく、やれることを私なりに演奏できればいいではないか!と少々自分勝手な気持ちになって臨んだのがこのリサイタルでした。
 そして、今日、2005年の初リサイタルより、八王子郷土の響きコンサートも含め、通算10回目のリサイタルを迎えることが出来ました。
 故・朝倉蒼生先生はいつも暖かいご指導で「お客様はあなたを応援するために集まっているのだから怖いことはなにもない」と励まして下さり、ある時の伴奏者は「1回切りしか演奏できないと思うから緊張する。これから何度でも同じ曲を演奏したらいいじゃないか」とアガリ症の私の背中を押してくれました。おかげさまで、怖がりのアガリ症は変りませんが、リサイタルはレパートリーの始まりと開き直って、これまで大冒険をしてくることが出来ました。今回も山田さんという強い味方をお願いできたことは最高の幸運でした。すばらしいナビゲーターを得て、難解な道のりに挑むことが出来ました。そして摩理ちゃん・・・いつもは大きな舞台の緊張を分かち合う仲間ですが、一対一で向き合うことが出来る機会を持てたことは何と幸せなことでしょう。
 また、上智大学短期大学部の飯田純也先生(英語)、工藤花野先生(独語)、東京外国語大学2年生の神戸眞弓さん(ポーランド語)、その他、多くの方々に対訳・原語指導などお世話になりました。心より感謝申し上げます。
 今日は、私たちが挑んだ作品たちのすばらしさが少しでもお伝えできたなら幸いです。そして、また新たな冒険にチャレンジしたくなってしまうかも・・・


* 小さき花のプログラムノート *                   
 
 モーツァルト(1756-1791)のコンサートアリア「やさしい春がもうほほ笑んで」は、旋律、通奏低音、そして第1ヴァイオリンが記されただけの未完の作品で、現在は補完された版で演奏されているが、本日はピアノとヴァイオリンの編成にアレンジされたBreitkopf & Härtel版を基に演奏する。当時、ヨーロッパ中で大ヒットしていたパイジェッロの『セヴィリアの理髪師』がウィーンでもドイツ語上演されることになり、のちに「魔笛」夜の女王役を初演することとなるヨゼーファ・ホーファー夫人がロジーナ役を務めることになった。そこで義弟にあたるモーツァルトが、他人のオペラであるにもかかわらず、彼女の為に華やかなコロラトゥーラを配したコンサートアリアを作曲することになったのだ。しかし上演が中止となり、コンサートアリアの作曲も中断、未完となった。中間部のアンダンテはパミーナのアリアを彷彿とさせ、たいへん美しい。
 
 R.シュトラウス(1864-1949)「ブレンターノの詩による6つの歌曲」から。ブレンターノ(1778〜1842)はドイツロマン主義を代表する文学者・小説家・詩人。シュトラウスはそれぞれの曲に印象的なモチーフを用いて、技巧的でありながらロマンティックで幻想的なブレンターノの詩を歌わせている。のちに作曲家自身によって管弦楽版も作られた。シュトラウスの活躍した20世紀、世界は激動の時代であって、これまでの音楽は臨界を越えたように新しい音楽に突き進んでいた。しかし彼は長い人生にわたり後期ロマン派の精神を持つ続けた作曲家である。それはいつまでも時代遅れのスタイルに甘んじていたということではない。この曲たちにも感じられるように、もはや「詩と音楽」というロマン派たるリートの定義をも超越し、現代の新しいサウンドへギリギリ攻め込みながらも融点に位置するからこそ感じる様々な魅力に満ちているのではなかろうか。
 
 山田耕筰(1886~1965)は1919年、カーネギーホールでリサイタルを開催するためニューヨークを訪れており、そこで援助を受けた支援者への感謝として「幽隠」をわずか3日で作曲したとされている。百人一首を題材に、後期ロマン派を感じさせる骨格を持ちながら、箏曲や雅楽の要素が取り入れられたこの作品は、民族音楽的要素を取り入れることによって広がりを見せた現代音楽の流れの中で、まさにシマノフスキたちと同様に先端を行くものであり、山田耕筰がいかに世界的な感性を持っていたのかという証ではなかろうか。山田は1910年〜1913年ベルリンに留学、1917年〜1919年アメリカに滞在し、まさにアカデミックに音楽を学んだ。山田特有の日本語の美しさを生かした歌曲や童謡作品の多くは、のち、日本の文学界の発展や西洋音楽の受容などに伴い、数多く生み出されていく。
 
 ホルスト(1874-1934)は「惑星」の作曲家として有名だが、声楽作品も多数。グスタフの娘イモジェン・ホルスト(1907-1984音楽学者・指揮者)はDECCAよりリリースされているいるCDプログラムに以下のように書いている。「父は1916年に「歌とヴァイオリンのために4つの歌曲」を作曲しました。私たちは当時タックステッドに住んでいて、ある夏の夕方、たまたま教会に行ったとき、ある女性が開放弦のヴァイオリンで即興で演奏する歌詞のない歌を聴きました。その音は非常に印象的に中世風の人気のない教会の通路で反響し、彼に古い詩に曲を書くアイデアを与えたのです。」また、1907年頃に友人ヴォーン・ウィリアムズが編纂していた聖歌集からグレゴリオ聖歌を知り、それは彼の人生にずっと影響し続けたとも書いている。今回、訳詞を上智大学短期大学部准教授飯田純也先生にお願いし、訳詞には次の言葉が添えられていた。「私の翻訳は意訳に近いかもしれませんが、原詩の雰囲気を少しでも伝えるために、直感的にわかり、ことばをできるだけ繰り返すことで、音楽性に訴えるようにしました。実際、ホルストが典拠した詩集(A mediaeval anthology)を読むと、詩のことばが相互に反響し合ってるのがわかります。使われる言語は素朴ですが、同じ概念、感情が同じ語彙でさまざまに奏でられると、伝えられる感情と理念が立体的になります。」
 
シマノフスキ(1882-1937)は2006年リサイタルでも「ジェームス ジョイスの詩による7つの歌曲作品54」を取り上げた。その際にドイツ在住のピアニスト北美由紀さんが、おもしろい解説を書いてくれたので、以下に抜粋で紹介する。
・・・どういった経路でシマノフスキーがジョイスの<室内楽曲>などという詩集・散文集に至ったのか全くの謎であり憶測するしか道はないのだが、(アメリカでの教授職を得るためのデモンストレーションだったという意見もあるが)それはシマノフスキーの生い立ちに芽生えたコスモポリタンな傾向の表出ではないか。1882年現在のウクライナに生まれ裕福な両親のもとで豊かな教育を受けて育ったが、そこでは日本では考え難い程多数の人種、文化、気候、宗教が雑居する。ロシア人、タタール人、コサック人、ユダヤ人、アルメニア人、そしてシマノフスキーが26歳の時ようやく独立し彼の属することになるポーランド人。その狭間裕福な家庭に育った者特有の柔軟さと深い教養でもって幅広いジャンルの音楽に興味を示し自らの内に取り込んでゆく器用さをシマノフスキーは身に付けていた。西ヨーロッパは無論のこと、中近東、エジプト更には生まれ故郷東ヨーロッパの所謂民族音楽。しかもその土臭さ、未開拓な原始的部分を非常に上手く洗練された自らの語法、複雑で理論的な和声をオブラートとして包み聴く側に違和感を与えず消化させることにも成功した数少ない例ではないだろうか・・・
 そして今回も山田さんがシマノフスキについて文章を寄せて下さった。これほどにシマノフスキに理解のある伴奏者が他にいるであろうか・・・。
 
 メトネル(1880-1951)も2008年に続き2度目の登場。その際はゲーテ歌曲集から7曲を演奏したが、「ソナタ・ヴォカリーズ」はプログラムに入りきらず断念した。メトネルはロシアのモーツァルトともショパンとも呼ばれているそうだが、ゲーテ歌曲集ではヴォルフやマーラーなどを彷彿させるリートの手法を用いながらも、ロシア的な重厚かつ濃厚な響きとスケールでドラマティックな世界を創っている。親友であったラフマニノフ同様にピアノパートが雄弁で叙情的。両親はドイツ系。1921年に亡命、パリを経てロンドンに移住している。ピアノ曲でも独特の詩的世界を表現しているが、日本ではなぜか知られざる作曲家のひとりであろう。メトネルには「ヴォカリーズ」がもう1曲あるのだが、ヴォカリーズと言えばラヴェル、フォーレなどにもあるが、それらはエチュードと位置づけられている。シマノフスキ然り。しかし、こちらは15分にも及ぶ「ソナタ」である。ラフマニノフはじめロシア作曲家のヴォカリーズに名作が多いことは興味深い。ところでゲーテのこの「聖なる場所」をご存知だった方はいるであろうか。邦訳された資料を探してもなかなかたどり着けないので、上短の工藤先生にご相談したところ、ゲーテ全集ベルリン版にならあるだろうということで調べて下さった。それによると、初出版は1827年、成立は1782年、ワイマールで同業だった詩人・翻訳家ヴィーラントの胸像の台座用に書かれたという。よって、この詩の中の「詩人」とはゲーテというよりヴィーラントのことなのであろう。
 
 一通り解説を書き終えて、先日(5/21)王子ホールで聞いたピオーのリサイタルを思い起こしている。ほぼ同世代で活躍している歌手の中で最も親しみを持って尊敬する歌手である。(先輩世代ではオジェーであろうか。)幅広いレパートーのどれもがすばらしく、CDもほぼ持っていると思うし、それらに完全に影響されていると思う。今回の演奏曲は2007年のCDに納められたプログラムであったが、私の以前のリサイタルでもさっそく同じ曲を取り上げているほどである。しかしマネしたところで、まったく別次元でピオーの演奏はすばらしかった。特にフランス語の歌のなんと自由で美しいこと!!
歌曲の演奏で外国語の不自由さは必ず付いて回る。自分の実力不足を悔しいと思う。それでも作品への憧憬は募るばかり。たとえマネでも偽物でも、どうにかして身近に感じてみたいのだ。
 今回、飯田先生の訳詞をはじめて読んだ時、激しく感動に震えた。自分なりに辞書を引き、単語の意味も、大意も掴んでいたし、原詩を直訳的に理解することが演奏には重要だと思っていた。しかしそれは表面的な理解であったと思い知った。言葉とはそう言うものなのだ。この感動をどのように演奏に反映できるのだろうか。
 また、「音譜が複雑」「技術的に演奏が困難」「解釈も難しい」「ポーランド語も難しい」云々難し尽くしのシマノフスキであるが、確かに難しい。だがしかし、たとえつたない演奏であったとしても、その中に「美しい」「芸術的」「哲学的」なものを感じていただけたらうれしい。音楽、原語、詩、声、ピアノ・・・歌はあらゆる要素が絡みあった芸術だと言えるが、そのうちのどれかひとつだけであっても、共感する美しさを見つけていただけたら、今日の演奏は成功だと思いたい!

私とシマノフスキ      山田 剛史  
今回、北村さおりさんにリサイタルの伴奏を依頼して頂いたのは大変光栄なことです。私に伴奏をご依頼くださる歌手たちは、いつも個性豊かで挑戦的なプログラムを組むことが常で、たとえば昨年私が弾いたものを挙げると、ヴィラ=ロボス、ストラヴィンスキー、バーバー、ナッセン…などなど。こうした作品はピアノパートの負担も大きく、私は勉強に大わらわですが、未知の音楽世界との遭遇はつねに私をわくわくさせ、私の世界を豊かにしてくれます。

 そんな私にとっても、本日のプログラム選曲は、最高に斬新でチャレンジングなものです。なかでもシマノフスキの歌曲がたくさんプログラムに入ったのは、私にとってうれしい驚きでした。と申しますのも、私が修士論文のテーマに選んだのが他ならぬシマノフスキのピアノソナタであり、この作曲家には若い頃の思い出と相俟った、何か特別な愛着があるからです。北村さんも、かねてからシマノフスキを好んで演奏会で取り上げて来られたということで、偶然の幸運の出会いとなりました。

 シマノフスキはショパン以後の最も重要なポーランドの作曲家で、ドビュッシーやバルトーク、スクリャービンと並び、20世紀初頭の音楽界の最先端を走っていた人物です。ショパンのような繊細な感性、後期ロマン派の分厚いポリフォニー書法、そして同時代の作曲家が用いていた斬新な音響作りの技法がないまぜになり、特に1910年代の作品は、一度聴けば忘れられないほど特徴的でゴージャスな響きと、説得力のある音楽構築をそなえた、立派な作品ばかりです。のちに1920年代には、ポーランド山岳地帯の少数民族の音楽から影響を受け、書法はシンプルで透明感のあるものに変化してきます。これは、実際には当時のヨーロッパ音楽界の潮流を追いかけた結果ともいえるもので、1920年代といえば第一次世界大戦の後、ある種の豊かさが消え、新古典主義、新即物主義など、より明快で冷徹な価値観が台頭してきた時代でした。また、1921年にパリで旧知のストラヴィンスキーと再会した際、ロシア民謡素材にもとづく彼のバレエ音楽「結婚」に触れたことも、シマノフスキの作風に大きな影響を与えたと言われています。

 本日のプログラムの中では、「4つの歌曲 Op.41」のみ1910年代に書かれた作品、後は1920年代の作品です。当初、この「4つの歌曲」をプログラムに入れるのを躊躇されていた北村さんに対し、「ぜひこの作品は演奏するべきだ」と、畏れ多くも私の方から背中を押させて頂きました。イスラムやオリエント文化にも大きな興味を持ってたシマノフスキ、当時ヨーロッパでも大きな影響力のあったインドの詩人タゴールの詩につけた音楽は、大変複雑で混沌とした、しかしながらエキゾチックで豊かな魅力に満ちています。

 誤解を恐れずに言うと、シマノフスキの音楽はいくぶん「人工的」な響きをもっています。有機的で自在な音楽というより、緻密に計算されながら3D映画のようにリアルに迫ってくる音楽。響きに対するシマノフスキの感性は本当に天才的なものだと思いますが、それを現実化する彼の手法があくまで左脳的であるのは面白いです。今日はシマノフスキの音楽の魅力を、少しでも多くの方にお伝えすることができたら嬉しく思っています。

歌とヴァイオリン          三ツ木摩理  
 15世紀、ヴァイオリンは突如として、現在とほぼ変わらない「完成形」であらわれた不思議な楽器です。当時はモテットやマドリガルなど、歌のパートと一緒に演奏されるのが主な用途でした。17世紀に入り、歌から独立し器楽としての分野を確立し始めても、バロック、古典、ロマン派と19世紀に至るまで、すべての弦楽器の専門書には「人間の声はヴァイオリン演奏の完璧なお手本である」と書かれているそうです。
歌と寄り添うことから歩み始めたヴァイオリンという楽器。

 小さいころから様々なヴァイオリンを弾くための勉強をしますが、日本では独特な方向へ偏りがちだと思います。その疑問を埋めてくれたのが「歌と弾く」ということでした。弓で弦を引っ張れば音が鳴るヴァイオリンと違い、「歌う」ということは、そもそも呼吸を使わなければ声は出ませんし、それを音楽とともに、自分の体や心全体との調和をはかり、限られたストライクゾーンを探し当てながらつくっていく作業と言っても良いのではないでしょうか。
 そして、なにより歌詞がつくということ。ヴァイオリンで歌に寄り添うことにより、言葉は話せないはずの楽器が喋り始めます。その立体感を突き詰めていくと、私の体や心の奥の意識していないところから、ヴァイオリンを通して私の声が溢れでてきます。
「言葉にできないものを伝える、共有するためにヴァイオリンを弾きたい」と思っている私には、この体験が何よりも自分の表現の幅を広げてくれます。

 ワーグナーのような80人を超えるオーケストラで5時間のオペラのコンサートマスターをするときも、今回のように歌とヴァイオリンだけの、これ以上ないシンプルで小さな作品を弾かせていただくときも、やはり創り上げていく作業は同じです。透明になったヴァイオリンとともに、全員の音楽を理解するよう努力し、一緒に演奏するひとの呼吸と思いを感じとる。
声から発する実際の言葉とともに、その声や他の楽器から出てくる呼吸の気配に話しかけ、受け止める。まさに実際の会話ではできない次元のコミュニケーションです。

 いつもはコンサートマスターとして、オーケストラや指揮者とともにご一緒させていただくことの多いさおりさん。さおりさんの背中を見つめながら、または、頭の上から降ってくる素敵な歌声を浴びながら弾かせていただいていましたが、今回のように真横で、同じ目線で弾かせていただくことで、また違う会話が生まれてきたように思います。
そんな私たち2人、また主人とともに3人のコミュニケーションから生まれるものが、お客様の幸せのどこかをトントンとノックさせていただけることを願っています。

素敵な機会をくださったさおりさんに、たくさんの感謝を。


挟み込みの対訳集にも解説を追記した。

カロル・シマノフスキ 
「3つの子守唄」 

シマノフスキの従兄弟で詩人、小説家のヤロスワフ・イヴァシュキェヴィチ(J. Iwaszkiewicz 1894〜1980)の詩による。このコンビでオペラ「ロジェ王」も完成させている。子守唄といっても、いわゆるそれとは様相が異なる。解釈は難しいが、あえて言うならば「死」を連想させる詩である。民族様式確立に向かう大事な作品と言われ、調性はなく無調。和声にさっぱり弱い私なので詳しい楽曲分析は専門書に委ねたいが、冒頭の下降する4つの音の音程関係(短二度、長三度、短二度→減五度)が、全曲を通して構成要素として支配していることはきっと聞き取っていただけることと思う。第2曲ではバスに全三音(増四度、減五度)が、第3曲では完全5度(虚無5度)が常に鳴り続け、声部では、音程の連結の結果生み出された旋律が神秘的かつ異次元的空間を効果的に生み出しているように思う。

「ヴォカリーズ」
 ヴォカリーズとは「母音唱法」のこと。エチュードと記させているが、まとまった練習曲集として書かれたものではなさそうだ。作品番号がないが1928年の作曲で、1926年の「ジェームスジョイスによる7つの歌」op.54のあとに位置する。

「4つの歌」
 ラビンドラナート・タゴール(英語:Rabindranath Tagore 1861〜1941)はインドの詩人、思想家。
『ギーターンジャリ』によってノーベル文学賞を受賞している。日本でもいくつか訳本が出版されファンも多い。「歌の捧げもの」という題名のこの詩集に私も若き頃、大きな衝撃とともに出合った。
歌い手として感動なしには読めない詩集であることは間違いない。
この曲集は英語詩「園丁」のドイツ語訳に作曲された。この詩集は多くの作曲家にインスピレーションを与えたようで、特にツエムリンスキ「叙情交響曲」が大作である。
 いわゆる調性音楽を抜け出し、全音階に支配されたキラキラと溢れんばかりに連なる音列。実は、私は不安定な足もとで華麗な曲芸を見せるサーカス芸人のような気分で歌っているのだが、ピアニストは緻密な計算に基づいた音の並びは安定していると感じるそうだ。難解な楽譜も、ひとたび奏でられ音となれば、叙情が漂う美しいタゴールの神秘世界へと連れて行かれてしまう。不思議な魅力に満ちている。

ニコライ・メトネル
「ソナタ・ヴォカリーズ」Op. 41/1, ゲーテの詩「聖なる場所」付き
 モットーとは「標題・標語」ということ。リストなどが好んで作曲した交響詩と同じ意味合いであろう。単なる描写にとどまらず、ゲーテの詩から受けたインスピレーションが、女神たちの来訪、美しい歌、神秘の踊りなどといった動機としてソナタ形式の枠の中で組み立てられている。対位法、フーガ、カノンなどを効果的に配し、さらに半音階的進行、旋法的旋律、民族音楽的な和声の連結なども次々と表れ、まるでピアノコンチェルトを彷彿させる部分を経て再現部へ移っていく。同じ詩をモットーとし、これらの動機を5曲に分けた「ヴォカリーズ組曲op41-2」も作曲されている。前書きには主な母音「a」の他に「i」「e」も使用し、豊かな母音の音色を求める指示がある。
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by saori-kitamura | 2015-06-07 00:14 | リサイタルの記録 | Trackback | Comments(0)

ロマコンW&B プログラムと解説

カーリ・アミーチ
ロマンティックコンサート2014
Warm and Beautiful
2014年12月21日(日)
八王子市芸術文化会館
いちょうホール小ホール 


プログラム     
                            
Opening 
モーツァルト アレルヤ 〜モテットより

Arie antice italiane
カッチーニ アマリッリ
マルティーニ 愛の喜びは
ヘンデル オンブラ・マイ・フ

Deutsche Lieder 
ヴォルフ 小さなものでも
R.シュトラウス あしたに

Musica Italiana
プッチーニ 私のお父さん〜「ジャンニ・スキッキ」より
チマーラ 愛の神よ、ようこそ
マスカーニ アヴェ・マリア

〜 pause 〜

Harp
アッセルマン泉 op.44  (ハープ独奏)

musica sacra
グノー/バッハ アヴェ・マリア
フランク 天使のパン

Vibraphone
ビル・モレンホフ その日の音楽
ワルツキング (ヴィブラフォン独奏)

Christmas songs
アーヴィング・バーリン ホワイト・クリスマス
クリスマスソング・メドレー




カーリ・アミーチ ロマンティックコンサートへようこそ!          

 本日は、師走のお忙しい中お越し下さいましてありがとうございます。
8月に開催致しましたVia dell’Opera 2014歌劇「ランメルモールのルチア」ハイライトを無事に終え、ほっとしたのもつかの間、あっという間にクリスマスがやってきてしまいました。今年は2月の「ロマンティックコンサート〜日本の歌」に始まり、6月の「スペシャルライブ」、8月の「ルチアハイライト」、そして今日のコンサートと、全力疾走で走り抜けた1年でした。最後のステージとなる今日は、ご近所さんの気心知れた音楽仲間とハートフルな曲の数々をお届けいたします。
 ハープのみちこさんは、「ルチア」に続いての共演、心から感謝申し上げます。長女の同級生のお母様で、いわゆるママ友と言うのでしょうか。合わせに伺っても、まずは受験生である子供達の情報交換。そして“主婦演奏家”の苦労話も共有もできる貴重で身近な存在です。
 
 そんな私たちですが、楽器としては決して身近ではない関係。ハープと歌のためのオリジナル作品は少なく、今回のリート伴奏では、ピアノ譜をかなり忠実にハープで演奏するという高度な挑戦をして下さっています。歌とヴィブラフォンでは、さらに事態は深刻。オペラアリアにも挑戦することになりましたが、狭い音域のヴィブラフォンで4本のマレット・・・果たして音は足りるのかしらと心配でしたが、感性豊かなアレンジで見事な演奏に仕上がりました。
 
 稽古のたびに、新しい出会いと挑戦、そして新鮮な響きに驚いたり喜んだり、楽しい時間を過ごしてきました。
 今日で終わりはちょっと残念・・・心を込めて演奏したいと思います。

 北村さおり     


プロフィール                                             
北村さおり ソプラノ 東京都八王子市出身。東京純心女子短期大学音楽科卒、同専攻科修了。同学補手を務めた後、東京芸術大学卒、同大学院独唱科修了。平成15年度文化庁新進芸術家国内研修制度研修員。2005年9月より文化庁新進芸術家在外研修制度によりベルリンへ1年留学。
第2回多摩フレッシュ音楽コンクール第1位。第13回日本声楽コンクール第3位。第71回日本音楽コンクール声楽部門(歌曲)第2位。第23回飯塚新人音楽コンクール大賞受賞。モーツァルト「魔笛」夜の女王役で芸大定期オペラ、二期会等の公演に出演。在学中に芸大「メサイア」公演のソリストを務めたほか、「戴冠ミサ」「ネルソンミサ」「天地創造」「ドイツレクイエム」などのソリストを務める。2005年東京文化会館小ホールでのデビューリサイタル(演連コンサート)を開催、その後も歌曲を中心としたリサイタル「小さき花の詩」と、お喋りを交え親しみやすいコンサートを目指した「ロマンティックコンサート」を毎年開催。2010年ファーストアルバム「思い出」をリリース。上智大学短期大学部非常勤講師。二期会会員。

吉田みちこ ハープ 東京都墨田区生まれ。幼児期より音楽教育を受け、10歳からハープを始める。原口久子、ヨセフ・モルナール各氏に師事。私立上野学園中学、高校を経て、同大学音楽学部器楽学科ハープ専攻卒業。大学主催定期演奏会にソリストとして出演、ヘンデル「ハープ協奏曲」、ブリテン「キャロルの祭典」など演奏した。大学代表として、宮内庁主催桃華楽堂演奏会で演奏し、皇族方よりお言葉を頂く。読売新聞社主催第57回新人演奏会出演。ウィーンコンセルバトワールマスタークラス修了。恩師モルナール氏率いる東京ハープシンフォニーのメンバーとして、東京駅コンサート、NHK・FM「午後のリサイタル」、フジTV「即位の礼」、パリに於けるワールドハープコングレスほか、全国各地で演奏した。オーケストラ及び吹奏楽団ではプロからアマチュアに至るまで、数十楽団に賛助出演。
現在、銀座十字屋ハープサロン、昭島カルチャーセンター講師。オーケストラ、室内楽等の演奏活動のほか、若手の育成指導、ハープアンサンブル、吹奏楽のトレーナーとしても活動中。「吉田みちこHarp Garden」主宰。八王子市在住。




カーリ・アミーチのプログラムノート

Opening オ−プニング
◆モーツァルト : アレルヤ (Mozart :Alleluja)        Vo. Hrp. Vib.
三部からなるモテット「踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ Exsultate,jubilate」の終曲で、歌詞は神を賛美するという意味の「アレルヤ」のみで歌われる。原曲はオーケストラの伴奏。

Arie antice italiane イタリア古典歌曲
「イタリア古典歌曲」とは主にバロックから古典初期にかけてのオペラアリアやマドリガルなどの声楽曲のことを指す。オペラ全曲は失われ、アリアだけが独立して歌い継がれてきたものが多い。カッチーニ(1545年頃〜1618)はフィレンツェのメディチ家に仕え、ペーリと共にオペラの創始者と知られる前期バロックの作曲家。ヘンデル(1685〜1759)はJ.S.バッハと同じ年にドイツに生れ、共に後期バロックを率いたが、特にバッハが残さなかったオペラ分野で活躍した。「樹木の陰で」はオペラ『クセルクセス』で、ペルシア王クセルクセスが、プラタナスを眺めながら歌うアリアであり、カストラートのために書かれた。マルティーニ(1741〜1816)はドイツに生まれ、フランスの宮廷や劇場で活躍した。原曲はフランス語の歌詞だが、イタリア語訳で歌われることも多い。

◆カッチーニ : アマリッリ(Amarilli:Caccini)   Vo. Hrp.
「私は貴女を愛している。どうか信じておくれ、たとえ不安が貴襲っても。私の胸を開けてごらん。そこにはこう書いてある。〈アマリッリは私の愛である〉と」

◆ヘンデル : オンブラ・マイ・フ(Händel: Ombra mai fù)  Vo.Vib.
「樹木の陰で、これほど愛おしく気持ちのよいものはなかった」

◆マルティーニ : 愛の喜びは(Martini:Piacer d'amor)  Vo. Hrp.
「愛の喜びは一瞬の輝き、愛の苦しみは一生の痛み。彼女は小川が流れている限り私を愛すと言った。小川は今も流れているのに、彼女の愛は変わってしまった。」

Deutsche Lieder ドイツリート
19世紀後半、ヴォルフ(1860〜1903)は「イタリア歌曲集」の第1曲目に感動的で小さな曲を作曲した。余計なものを排除し、詩を忠実に表現することのみに徹した彼は、希有な才能と認められながら社会的地位を得ることはなく、彼の生活は困窮し、病に苦しみ、最後は精神病院で43歳で亡くなった。リヒャルト・シュトラウス(1864〜1949)はロマン派最晩期の作曲家と言われる。20世紀に入り無調音楽などの新しい作曲技法が試みられる中、自らも前衛的な手法を用いつつもロマン派的な思想を最後まで保ち、オペラ、交響曲、歌曲などあらゆるジャンルの作品を数多く残した。「あしたに」は作曲者自身によりオーケストラ伴奏に編曲され、アルペジオをハープが、旋律をソロヴァイオリンが大変美しく奏でる。

◆ヴォルフ : 小さなものでも (Wolf:Auch kleine Dinge )  Vo. Hrp.
「小さなものでも、私たちを魅惑することができる。小さなものでも価値を待つことが出来る。考えてみるがよい、着飾る為に小さな真珠にどれだけのお金を費やすのか。考えてみるがいい、オリーブの実は小さいのに、その値打ちの為に探し求められる。ばらを考えてごらん、小さいのに愛らしく香っている。皆が知っているように。」(独語訳 ハイゼ)

◆R.シュトラウス : あしたに (R.Strauss: Morgen)  Vo. Hrp.
「そして明日には太陽は再び輝くだろう。僕の歩む道には陽が降り注ぎ、あの人と出会いひとつとなる。岸辺で僕たちは静かにゆっくりと目を合わせ、沈黙の幸福に包まれる。」(詩 ジョン・ヘンリー・マッケイ)


Musica Italiana イタリア近代歌曲とオペラアリア
マスカーニ(1863〜1945)とプッチーニ(1858〜1924)は、共にイタリアオペラの作曲家であり、友人でありライバルであったと言われている。オペラ「ジャンニ・スキッキ」はフィレンツェを舞台とした喜劇で、ラウレッタの歌うこのアリアは、かつてマリア・カラスが好んで歌い人気があった。現在でもアルノ川のヴェッキオ橋に並ぶ宝石店街ポルタ・ロッサは有名である。マスカーニの代表作「カヴァレリア・ルスティカーナ」は間奏曲が特に有名になり、のちマッツォーニにより「アヴェ・マリア」の歌詞が付けられた。チマーラ(1887〜1967)は主に指揮者としての活躍していたが、サロン風で美しい歌曲も多く作曲した。

◆プッチーニ : 私のお父さん〜オペラ『ジャンニ・スキッキ』より 
(Puccini:O mio babbino caro〜Gianni Schicchi)  Vo. Vib.
「私の大好きなお父さん、あの人が好きなの。ポルタ・ロッサに指輪を買いに行かせて頂戴。もしダメだと言うなら、ヴェッキオ橋からアルノ川に飛び込むわ。私、苦しいの、ああ、神様、死んでしまいたいわ!だから、お父さん、お願い」

◆チマーラ : 愛の神よ、ようこそ (Cimara:Ben venga amore)  Vo. Hrp.
「愛の神よ、ようこそ花園へ、命と優しさとあなたと私をつなぐ愛撫のすべてをお持ちください。ひいらぎ、ミルテ、バラをまとい、腕を腕に抱き頬にキスしてください、あなたがしてくれたように。愛の神よ、ようこそ花咲く庭へ、私の心で夢を見て、そして詩人の詩を歌って下さい。ため息と黄金の矢よ!愛の神よ、わたしの心でお眠りください」(詩 ペッシ)

◆マスカーニ : アヴェ・マリア (Mascani:Ave Mria)  Vo. Hrp. Vib.
「聖マリア、祈りを捧げる哀れな者の足を支え、過酷な人生にあっても信仰と希望を心に呼び覚ましてください。慈悲深いお方よ、多くの苦しみを受けた方、私の苦悩をご覧ください。聖母マリアよ、果てしない残酷な苦しみにいる私を、どうかお見捨てにならないでください」(詩 マッツォーニ)

◇◇◇ pause ◇◇◇

Harp ハープ独奏
◆アッセルマン : 泉 op.44  (Hasselmans:La Source)
アルフォンス・アッセルマン(1845~1921)は、パリ音楽院の教授でもあり、フランスハープ界の黄金時代を築いた1人。多くのハーピストを育て、また、多くのハープ曲を作った。その中でもこの「泉」は水の動きを表現した代表作。ハーピスト自身の作曲によるハープの美しさに溢れる曲として知られている。(吉田)

musica sacra 宗教曲
バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻、前奏曲第1番ハ長調に、ラテン語によるカトリック教会の祈祷文「アヴェ・マリア」を歌詞とするメロディーをのせてグノー(1818〜1893)が作曲。フランク(1822〜1890)はオルガニストとしても活動をしたフランスの作曲家。「天使のパン」は『3声のミサ曲』の一部として、テノール独唱とハープ、チェロ、オルガンの編成で作曲されたが、現在では、独立してこの曲のみが様々な編成で歌われることも多い。歌詞は聖体の祝日の為の祈祷文を用いている。

◆バッハ/グノー : アヴェ・マリア(Bach/Gnoud:Ave Maria)  Vo. Vib.
「アヴェ、マリア、恵みに満ちた方、主はあなたとともにおられます。あなたは女のうちで祝福され、ご胎内の御子イエスも祝福されています。
神の母聖マリア、わたしたち罪びとのために、 今も、死を迎える時も、お祈りください。アーメン。」

◆フランク : 天使のパン(Franck:Panis angerigs) Vo. Hrp. Vib.
「天使のパンは人のパンとなった、おお、なんという驚き、主を食するのは貧しき卑しい僕(しもべ)である」


Vibraphone ヴィブラフォン独奏
◆ビル・モレンホフ : その日の音楽
     : ワルツキング 
(Bill Morenhof : Music of the day / Waltz king)
Music of the dayは四拍子のバラード調で、ジャズのハーモニーとヴィブラフォンのサウンドが美しくマッチするヴィブラフォンのオリジナル作品。
音はそこに生まれては消えていくもの。そして音楽は数ある芸術の中で唯一時間を対価に何かを表現する芸術である。 この作品からは生まれては消えていく音の「儚さ」を感じていただければ幸いである。 Waltz kingは三拍子の美しいメロディが特徴のヴィブラフォンの作品。 ヴィブラフォンは比較的音域が高めなので、「king(王)」の言葉の意味が持つ荘厳な部分よりも、反対に優しさやおおらかな様を表現したい。


Christmas songs クリスマスソング
◆アーヴィング・バーリン : ホワイト・クリスマス
(Irving Berlin: White Christmas)  Vo. Vib.
ほのぼのとして、どこか懐かしいクリスマスの情景をうたった名曲。1942年の映画「スウィングホテル」の挿入歌で人気になり、さらに1954年にクリスピー主演のミュージカル映画「ホワイトクリスマス」に使われ大ヒット、クリスマスソングの定番となった。

◆クリスマスソング・メドレー  Vo. Hrp. Vib.
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by saori-kitamura | 2014-12-25 18:23 | リサイタルの記録 | Trackback | Comments(0)

紗織会 プログラム

日時:2013年11月9日(土)
  18:00 開場  18:15 開演

場所:八王子いちょうホール小ホール (入場無料)

ピアノ  田中 健
指導・構成 北村さおり

*プログラム*1 
◇ ヴィヴァルディ
・私はジャスミンの花の様にIo son quel gelsomino​ 溝口友子
・わたしは蔑ろにされた妻Sposa son disprezzata ​伊藤眞弓

◇ ヘンデル 
歌劇「リナルド」より “Rinaldo”
・いとしの妻よCara sposa ​前泉厚子

◇ ペルゴレージ 
歌劇「奥様女中」より“La serva padrona”
・わたしの怒りん坊さんStizzoso mio stizzoso ​岡崎美樹

◇ グルック 
歌劇「パリーデとエーレナ」より“Paride ed Elena”
・ああ 私のやさしい情熱が O del mio dolce ardor ​三枝ゆかり

◇ モーツァルト
歌劇「フィガロの結婚」より“Le nozze di Figaro”
・恋とはどんなものかしらVoi,che sapete​ 児子充子

・愛の神よ照らんあれPorgi amor​ 岡崎美樹

◇ シューベルト
・盲目の少年 Der blinde Knabe​ 伊藤眞弓

◇ マーラー 「亡き子をしのぶ歌」より​
・おまえの母さんが戸口から入ってくると
Wenn dein Mutterlein ~“Kindertotenlieder”​ 前田美智子

*プログラム*2                         
◇ 中田喜直  
​・夏の思い出
◇ カルダーラ 
​・たとえつれなくてもSebben crudele​ 松田志保
 
◇ 山田耕筰  
​・かやの木山​ 佐藤靜佳
◇ 成田為三  
​・望郷の歌​ 松本孝子
◇ 林 光 「4つの夕暮れの歌」より​ 
​・誰があかりを消すのだろう​ 高野政子
 
◇ ベッリーニ  
​・優雅な月よ Vaga luna ​池本 緑
◇ ロッシーニ  
​・約束 La promessa​ 三輪みどり
◇ アーン​
​・クローリスへ A Chloris​​ 前泉厚子
 
◇ ロッシーニ 
歌劇「セヴィリアの理髪師」より“Il Barbiere Di Siviglia”
・今の歌声は Una voce poco fá ​池本 緑
 
◇ ドニゼッティ
歌劇「ドン・パスクァーレ」より“Don pasquale”
・あの目に騎士はQuel guard il cavaliere ​ 佐藤靜佳​​
 

*プログラム*3 
◇ ベッリーニ
歌劇「清教徒」より “I Puritani”
・あなたの優しい声が Qui la voce sua soave ​​溝口友子

◇ マスカーニ  
​・アヴェ マリアAve Maria​ 三輪みどり
 
◇ プッチーニ
歌劇「ジャンニ・スキッキ」より“Gianni Schicchi”​
・私のお父さんO mio babbino caro​​ 三枝ゆかり​
 
◇ サン=サーンス
歌劇「サムソンとデリラ」より“Samson et Dalila”
・あなたの声に心は開くMon Coeur s'ouvre à ta voix ​児子充子​​
 
◇ マスカーニ
歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より“Cavalleria rusticana”
・ママも知るとおりVoi lo sapete,o mamma​​ 高野政子
 
◇ ヴェルディ
歌劇「シチリア島の夕べの祈り」より“I vespri Siciliani”
・ありがとう、愛する友よMerce, dilette amiche ​前田美智子
歌劇「運命の力」より“La Forza del Destino”
・神よ平和を与えたまえPace, pace, mio Dio ​松本孝子


*ゲスト演奏*

阿部淳子 ソプラノ
東京純心女子大学芸術文化学科声楽コース卒業。東京ミュージック&メディア アーツ尚美ディプロマ声楽科修了。日本声楽家協会教育センター修了、同研究所プリーマ在籍。日本声楽アカデミー准会員。 

◇ プーランク​​
・セー C​
 
◇ グノー​ 
歌劇「ロミオとジュリエット」より“Roméo et Juliette ”
・私は夢に生きたいAh! Je veux vivre ​


 
小倉味加子 トロンボーン
国立音楽大学卒業。第8回日本トロンボーン コンペティション奨励賞、下倉楽器ソロコンテスト金管楽器2年連続1位、第2回日本ジュニア管打楽器コンクール第3位、第1回トロンボーンクァルテットコンクール・イン・ジパング第3位。

◇ ホーギー・カーマイケル​​
・スターダストStardust​

* ごあいさつ *
本日はお忙しい中、「紗織会」にお越し下さりありがとうございます。
また、ご出演の皆様、おめでとうございます。
「紗織会」とは、わたしの名「さおり」そのままで、可笑しく思われていらっしゃるのではないでしょうか。実は、去る9月、天国に召された恩師、朝倉蒼生(あさくらたみ)先生の門下会も「蒼生会」(そうせいかい)といいました。大学、経歴、愛好家といった垣根を持たず、多くのお弟子さんを愛し、そしていつも愛されておられた先生に憧れて、また、まだ未熟な身でありながら指導に携わることへの責任を持ち続け、私自身も精進を怠ることのないように「紗織会」と名づけました。そして「紗」のように上質、エレガントで軽やかに、歌のある毎日を大切に織り上げていきたいという思いも込めています。おかげさまで、片倉台の峠の我が家はいつも賑やか。人生の先輩方から多くのご教授をいただくのも(つまりお喋り)わたしの楽しみです。
 今日の発表会に向けて、得意なレパートリーを選曲するのではなく、あえて苦手な課題に挑戦し、いつもより少し頑張って、丁寧に時間をかけ曲を仕上げてきました。今日はがんばった皆さんへの私からのご褒美のステージです。苦手から解放され、成長を実感し、頑張った自分を褒め称え、大いに楽しんで、のびのび歌っていただきたいと願っています。
―うたは人なり― 客席のお客様も、どうか、出演者ひとりひとりの情熱を、その歌の中に聴いていただきたいと思います。そして大きな拍手で応援していただけましたら幸いです。
ステージの皆さんと、客席のすべてのお客様に感謝の気持ちを込め、私も、本日は力いっぱいエールを送りたいと思っています。
「みなさーん、頑張って~!!」

北村さおり
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by saori-kitamura | 2013-11-16 23:54 | リサイタルの記録 | Trackback | Comments(0)

小さき花の詩 vol.5 リサイタルの記録

小さき花の詩 vol.5
北村さおり ソプラノリサイタル
ソプラノとクラリネットの夕べ



2013年6月29日(土)
八王子市芸術文化会館
いちょうホール 小ホール
19:00開演



ちいさき花のごあいさつ                                      北村さおり

本日は「北村さおりソプラノリサイタル 小さき花の詩vol.5」にようこそお越し下さいました。
クラリネットのオブリガード付き歌曲を集めたプログラムに挑戦したいという夢は、以前から抱いていました。かつてコンクールに入賞した折の記念コンサートツアーに、優勝の方に代わり参加したことがありました。他部門で優勝した方々と一緒に全国旅するのですが、若い演奏者同士すぐに仲良くなると、ピアノの優勝者が、ソロもあるのに楽器の伴奏もするようになり、わたしもクラリネットと、本日演奏するシューベルトのロマンツェを演奏したのです。その時の響き渡るクラリネットの音色に吸い込まれるかのように歌った経験をずっと忘れられずにいたのです。
 クラリネット奏者の原さんは、娘の所属する吹奏楽部のコーチをなさっています。ある日、オペラ好きなご近所さん!ということがわかり、また、私が八王子での演奏活動をちょうど始めた頃で、地元演奏家のつながりを探していたこととも重なり、今回の企画が実現しました。
 今日の演奏会は、ソプラノリサイタルと謳いながら、実はクラリネットが主役の演奏会でもあると言えます。その理由は解説に詳しく述べることとしますが、歌は喋る楽器のごとく、そしてクリネットは喋らない歌のごとく、そしてピアノはその両方の手綱を握りバランスよく歌わせる。歌ってなんだろう・・・歌うってどんなだろう・・・そんなことを感じながら稽古を積んできました。存分に楽しんで演奏したいと思っています。
 また、今回のチラシは高校時代の同級生である内田有紀さん、そしてドレスは娘の同級生のお母さまである高橋里枝さんに制作をお願いしました。身近な友人に、こんなすばらしいプロフェッショナルがいらっしゃるなんて、本当に幸せです。

「とにかくオペラを聴きなさい」                                   原 瑞樹
 クラリネットのレッスンで先生にそう言われても、まだ違和感が先行する学生の頃。しかし、僕はまんまとオペラに夢中になり、アリアに感動し、もっとクラリネットを勉強し、いつか声楽と演奏したいと思うようになりました。そうして募らせてきた思いが、今日実現します。
 いつも、頭の片隅にある言葉があります。
「地球が誕生して46億年、太古の昔から人間のDNAにも刻み込まれた地球のリズムというものがあって、そのリズムを壊すことなく演奏すると、演奏者もお客さんも心地良いのですよ・・・」という先生の言葉です。本日演奏する作曲家たちも、そのリズムを感じていたのでしょうか・・・そして今日、私たちもそれを感じることができるでしょうか・・・。
 以前、あるジャズプレイヤーによるモーツァルト作曲「クラリネット協奏曲」を聴いていたときの事です。感情よりも先に体が反応し、涙がでるという経験をしました。感動したと思うことのほうが後でした。今思うと、あれが地球のリズムを感じた瞬間だったのかもしれません。
 そんなことを考えながら、今日の演奏会を楽しみに稽古を重ねてきました。
今日は北村さん、田中さんと共に、そしてお客様と共に、地球のリズムを感じあい、心地よい演奏を分かち合えるように、精一杯演奏したいと思います。

共演に寄せて                                               田中健
 光栄なことに、小さき花の詩シリーズへの共演は、横浜みなとみらいで開催されたvol.3に続き、2度目。加えて、八王子での北村さんとの共演は、過去二回のロマンティックコンサートと紗織会、合わせて5度目となりました。
 さて、今回は、“歌&クラリネット&ピアノ”という、トリオ形式でのリサイタルです。声楽との共演(オペラや合唱、歌曲伴奏)を、しばしば重ねている私ですが、クラリネットとの共演は初めての経験。そして、私以外のメンバーも、このトリオ編成は初めての経験でした。かくして、今宵に向けて、三人の、手探り状態からのリハーサルが行われてきたわけです。
 歌は声帯に息を流し発音します。それと同じく、リードに息を流し発音するクラリネット。いざリハーサルをしてみると、改めて歌との共通点がとても多いことを認識しました。オーケストラや吹奏楽で、旋律を担当することの多い、花形楽器のクラリネット。今回の楽曲に書かれているフレーズも、丹精を込めて練り上げた旋律を、歌うかのように演奏されます。それは歌手も同じ(思い溢れて、時にテンポをはみ出すほど…!)。いわば二人の歌い手のデュエットと共に演奏している感覚を覚えました。
 そこでピアニストに求められるのは、リハーサルや話し合いの中で決めたそれぞれの方向性に従い、二人の紡ぐ美しい旋律に寄り添いつつ、土台として支えて、導いていくことでした。会議に例えるとしたら、私は議長の役割りというのでしょうか。それは、一対一で演奏している時よりも倍に責任が掛かることでもあり、身を引き締める思いでおります。しかし…やり甲斐のある立場です!
 今宵、お客様と共に、このひと時を共有できることをとても幸せに感じております。
どうぞ我々の“三位一体”の演奏をお楽しみくださいませ。

小さき花のプログラムノート クラリネットが開発されたのは18世紀半ばでモーツァルトが活躍していた頃。柔らかな音色を持ち、技巧的な演奏も可能なこの楽器に、19世紀ロマン派の作曲家はこぞって作曲し、その中で声楽とクラリネットとピアノのための歌曲というスタイルも確立されていった。
 歌曲王と呼ばれるシューベルトも、実はオペラを21本も作曲したらしい。しかし未完の作品が多く、上演に至ったのは3本のみ。「家庭戦争」は成功したオペラのひとつであるが、このロマンツェも単独では歌曲として扱われることが多い。それに比べ、ラハナーはオペラをはじめ多くのジャンルの曲を残し、バイエルン国立歌劇場の初代音楽総監督を務めたほどの成功者だったにもかかわらず、今はあまり知られぬ存在である。
 最も有名なオブリガート付き歌曲であろう《岩の上の羊飼い》は、ソプラノ歌手からの依頼により作曲された。詩にとらわれず声と楽器が対等に歌う表現は、リートの定義である「詩と音楽の融合」という枠を超え、歌もクラリネットも存分に技量を発揮することに成功している。ラハナーによる《あのひとに出会ってから》も、同じことが言えよう。この曲はのちにシューマンが作曲する「女の愛と生涯」の第1曲目と同じテキストである。
 ヴァイオリン奏者であったルイ・シュポア(1784~1859)も、当時、人気を博していたクラリネット奏者のために多くの作品を作曲した。「6つのドイツの歌」も宮廷の公妃が歌うための曲にと、クラリネット奏者から依頼されたようである。そのためか、民謡調の有節歌曲形式で、歌の旋律には大きな跳躍もなくピアノパートが旋律をなぞるなど、技巧的には易しく書かれている。対してクラリネットは、その単調になりがちな歌の旋律を補うかのように、難度の高い躍動的な技巧を用いて歌詞の描写をしている。ゆえにこの曲集の真の主役はクラリネットだと言えるのである。
 アーノルド・クック(1906~2005)はイギリスの作曲家で、ベルリンでヒンデミットに師事した。イギリスロマン派の詩人・画家のウィリアム・ブレイク(1757~1827)の「無垢の歌」は自身の版画による挿絵が添えられた23編の詩によるが、クックはその中から3篇に作曲した。この詩集でブレイクは挿絵を伴う絵本の体裁と、マザーグースに代表されるようなイギリスの伝統的童謡のリズムを用いた。それにより、子供の純粋無垢な世界から人間本来の純粋さを思い起こさせ、ブレイクの宗教的、幻想的な世界へと読者を導いている。
 最後にソロの曲の紹介を。バーバー(1910~1981)はアメリカの作曲家。新ロマン主義と呼ばれるように、美しい旋律を好んで作曲した。日本で英米歌曲が、ドイツ歌曲などと同じく広く知られ、歌われるようになったのは、私がちょうど大学院生の頃で、つまりまだ15年ぐらいのことである。《この輝ける夜に》をきっかけに英米歌曲の魅力に開眼した人も多いのではなかろうか。ちょうど米国出身のソプラノ歌手バーバラ・ボニーが米歌曲のCDをリリースしたことも話題となっていて、バーバーという名も学生たちには知られるようになっていた。私もそのひとり。朝倉蒼生先生がこの曲を歌っているのを聴き、一瞬で虜となった思い出の曲。そしてアンドレ・メサジェ(1853~1929)はフランスの指揮者・作曲家。《ソロ・デ・コンクール》はパリ音楽院の卒業コンクールの課題曲として作曲された。クラリネット奏者には欠かせないレパートリーであり、登竜門的存在の曲でもある。


プログラム


F.Schubert: Der häusliche krieg
シューベルト:「家庭戦争」よりロマンツェ
Ich schleiche bang und still herum
私は不安にそぞろ歩き


F.Lachaner ラハナー
Seit ich ihn gesehen op.82
あのひとに出会ってから 作品82


L.Spohr: Sechs deutsche Lieder für eine Singstimme, Klarinette und Klavier op.103
シュポア:声とクラリネットとピアノのための6つのドイツの歌 作品103
Sei still mein Herz
Zwiegesang
Sehnsucht
Wiegenlied
Das heimliche Lied
Wach auf
わが心よ、静かに
ふたつの歌
あこがれ
揺りかごの歌
秘められた歌
目覚めよ

A.Messager メサジェ
Solo de Concours
ソロ・デ・コンクール

S.Barber バーバー
Sure on this shining night op.13-3
この輝ける夜に 作品13-3


A.Cook:Three Songs of innocence
クック:「無垢の歌」による3つの歌曲
Ⅰ Introduction
Ⅱ The shepherd
Ⅲ The echoing green
Ⅰ 序の詩
Ⅱ 羊飼い
Ⅲ こだまする野原

F.Schubert シューベルト
Der Hirt auf dem Felsen D.965
岩の上の羊飼いD.965 作品129




北村 さおり saori kitamura  
東京純心女子短大音楽科、及び、東京藝術大学卒、同大学院修了。平成15年度文化庁新進芸術家国内研修員。平成17年度文化庁新進芸術家在外研修員としてベルリンへ1年留学。第2回多摩フレッシュ音楽コンクール第1位。第13回日本声楽コンクール第3位。第71回日本音楽コンクール声楽部門(歌曲)第2位。第23回飯塚新人音楽コンクール大賞受賞。故・金内馨子、朝倉蒼生の両氏に師事。
「魔笛」夜の女王役、「メサイア」「第九」等ソリスト他、2005年東京文化会館小ホールでのデビューリサイタル(演連コンサート)以降毎年リサイタルを開催。近年は歌曲を中心としたリサイタル「小さき花の詩」と、お喋りを交え親しみやすいコンサートを目指した「ロマンティックコンサート」を毎年開催している。2010年ファーストアルバム「思い出」をリリース。
合唱指導者として「レディースアンサンブルそよかぜ」指揮者、「都立八王子東高校PTAコーラスそよかぜ」「アンサンブル桃花」(杉並)「リリカ・ルピス」(浦和)のヴォイストレーナーをつとめている。神奈川県立藤野芸術の家では毎年初心者のための声楽講習会を担当。日本演奏連盟、二期会会員。上智大学短期大学部非常勤講師。片倉台在住。
ブログ「小さき花の詩」 http://saokita.exblog.jp/

原 瑞樹   mizuki hara
洗足学園音楽大学卒業。クラリネットを故・大橋幸夫 高橋知己、佐々木麻衣子の各氏に師事。
アンサンブル「・・・」主宰。第18回日本クラシック音楽コンクール好演賞受賞。木管五重奏などの室内楽や八王子地域を拠点に吹奏楽部指導などでも活動。

田中 健  takeshi tanaka                                         
長野県出身。東京音楽大学卒業。同大学院伴奏科修了。大学院在学中に特待生奨学金を得た。
第6回日本アンサンブルコンクール歌曲デュオ部門第1位。第5回日本クラシック音楽コンクール、ピアノ部門全国大会入選。第1回ウィーンオペレッタコンクール最優秀伴奏者賞受賞。
主に声楽の共演ピアニストとして活動しており、軽井沢大賀ホール『8月祭』、hakujuホール『リクライニングコンサート』、川口リリア『歌の花束』など各地のコンサートで多くの歌手と共演を重ねている。
'07年には山口市主催『中原中也生誕百年記念前夜祭』にて大江光氏の新作歌曲初演、並びにピアノ作品を演奏し好評を博した。また、東京混声合唱団、東京交響楽団専属・東響コーラスのピアニストを務める。
これまでに建石敏子、草川宣雄、水谷真理子、御邊典一、田島恒祥の各氏に師事。R・ホフマン、D・クーニング、K・リヒター、各氏の歌曲伴奏のマスタークラスを受ける。
フランス歌曲研究グループ『ムーヴマン・ペルペチュエル』ピアニスト。『Foster japanese songs』プロジェクトメンバー。サントリーホールオペラアカデミーメンバー。
東京音楽大学声楽科伴奏助手。



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by saori-kitamura | 2013-07-23 16:03 | リサイタルの記録 | Trackback | Comments(0)

ロマンティックコンサート2013 シルキーヴォイス

ロマンティックコンサート2013   
シルキーヴォイス
ソプラノばかりのガラコンサート

八王子いちょうホール 小ホール
2013年2月10日(日)
18:30 開場 19:00 開演


◆ごあいさつ             カーリ・アミーチ 北村さおり             

本日は「ロマンティックコンサート2013 シルキーヴォイス」においで頂きありがとうございます。
今年のロマンティックコンサートは、八王子ゆかりのソプラノ歌手をお招きして、華やかに、元気いっぱい、たのしいコンサートにしたいと思っています。
ソプラノと申しましても、オペラの世界では、役柄に応じた声質、強さ、技巧などによって声種はさらに分類され、コロラトゥーラ、レッジェーロ、リリコ、スピント、ドラマティコ、スーブレットなどと呼び名を持っています。
本日はソプラノキャラクター大図鑑と銘打ち、ソプラノのアリアばかりを並べ、キャラクターに合わせてどのような声と演技が求められているのか、そのために歌手はどのような技術をもってアリアに挑んでいるのか、たっぷり観察していただきたいと思います。
そんな恐ろしい企画・・・と歌手サイドからは悲鳴が聞こえてきそうですが、地元だからこそ、そして、歌手同士も友人であるからこそ、の共演、競演、饗宴となることと思います!今夜は古い友人知人のお客様もいらっしゃることと思います。
どうぞ歌手として成長した私たちの姿をあたたかく見守っていただけましたら幸いです。
最後になりましたが、ご支援を頂きました皆様に、心より感謝を申し上げると共に今後もよろしくお願い申し上げます。








∽オープニング∽
モーツァルト「フィガロの結婚」 愛の神よご覧ください(伯爵夫人)北村

∽プリマドンナとスーブレット∽
モーツァルト「コシ・ファン・トゥッテ」 女も15になれば(デスピーナ) 奈良原
ヴェルディ「トロヴァトーレ」静かな夜(レオノーラ)         大柴
グノー「ファウスト」宝石の歌(マルガレーテ) 北村
プッチーニ「ラ・ボエーム」私が街を歩くと(ムゼッタ) 瀧本
プッチーニ「ラ・ボエーム」私の名はミミ(ミミ) 大柴

◆◆◆

∽超絶技巧で女子力アップ∽
オッフェンバック「ホフマン物語」 生垣には小鳥たち(オランピア)   瀧本
ロッシーニ「セビリアの理髪師」 今の歌声は(ロジーナ)    大柴
ベッリーニ「夢遊病の女 」ああ、信じられない(アミーナ)    奈良原
ヴェルディ「リゴレット」 慕わしい人の名は(ジルダ)    北村
モーツァルト「魔笛」 復讐の炎は地獄のように燃え上がり(夜の女王) 瀧本

∽女子の憧れ、ヴィオレッタ∽
ヴェルディ「椿姫」そはかの人か~花から花へ(ヴィオレッタ     )奈良原
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by saori-kitamura | 2013-03-01 16:49 | リサイタルの記録 | Trackback | Comments(0)

小さき花の詩vol.4

Saori Kitamura
北村さおり ソプラノリサイタル小さき花の詩vol.4
~八王子で楽しむドイツ歌曲~

八王子いちょうホール 小ホール
2012年6月30日(土)
14:00開場 14:30開演

ピアノ: 東 由輝子

program
モーツァルト W.A.Mozart (1756~1791)
〈ゲーテの詩による歌曲〉
・すみれ Das Veilchen K.476 

シューベルト F・Schubert (1797~1828)
〈シュレーゲルの詩集「夕映え」による歌曲〉
・ 夕映え Abendröte D690
・ 蝶々  Der Schmetterling D633
・ 鳥   Die Vögel D691
・ 少年  Der Knabe D692 
・ ばら  Die Rose D745
・ 少女 Das Mädchen D652
・ 星   Die Sterne D684
・ 流れ Der Fluß D693

シューマン R・Schumann(1810~1856)
〈リュッケルトの詩による歌曲〉
・ まつゆき草   Schneeglöckchen op.79-27
・ ジャスミンの茂みJasminenstrauch op.27-4
〈アイヒェンドルフの詩による
歌曲集「リーダークライス」作品39より〉
・ 異郷にて In der Fremde op.39-1
・ 間奏曲Intermezzo op.39-2
・ 森の対話 Waldesgesprach op.39-3
・ 月の夜 Mondnacht op.39-5
・ 春の夜Fruhlingsnacht op.39-12

R・シュトラウス R・Strauss (1864~1949)
〈ダーンによる歌曲集「乙女の花」作品22〉
  1 . 矢車菊 Kornblumen
  2 . けしの花Mohnblumen
  3 . 木づた Epheu
  4 . 睡蓮 Wasserrose



ちいさきはな・・・のごあいさつ            
「小さき花の詩」とは留学中の2005年から始めた私のブログのタイトルでもあります。
聖書に「思い煩うな。野のゆりを見なさい。つむぐことも織ることもしない」とあるように、またカトリック教会の聖人である小さき花のテレジアが生きた「小さな道」に習い、「何か立派なことをしようとするのではなく、神様(音楽)の前では最も小さなものでありたい」という思いを込めて2008年の4度目のリサイタルよりタイトルに取り上げました。

ブログでは留学日記のようなことから始まり、映画の感想、日常のあれこれまで、励ましのお言葉を頂きながら綴っていました。そうして自分の考えを見つめ、整理する中で新たな自分の発見もあり、多くのことを学ばせて頂いたように思います。やがてブログで発信していた「わたし」を、「音楽」で発信・交流していきたいと思うようになり「リサイタルシリーズ・小さき花の詩」が始まりました。

私も二人の娘の母であり、仕事を掛け持つ主婦ですので、日々の暮らしの中で音楽の研究を継続していくことに心折れることもありますが、「小さき花の詩」を目標に、これまでがんばってこられました。

そして今日、いちょうホールで「小さき花の詩vol.4」を開催できますことを心より感謝申し上げます。「小さき花の詩」を八王子で、と決めてから、より自分らしく、肩の力を抜いた勉強ができるようになったと感じています。
平行して行っております「ロマンティックコンサート」は、八王子ゆかりの若手音楽家を支援する「郷土の響き」への出演をきっかけに、より親しみやすいコンサートを目指して始まり、今年2月の椿姫ハイライトでも大変ご好評を頂ました。

今後、この二つの公演を中心に1年に2回のコンサートを八王子で目指していく予定です。今回は都合が合わずお越しになれなかったお客様にも「また今度!」、今日お越し下さったお客様にも「よかったわ、また今度!」そう、お声をかけていただけるように、がんばりたいと思います。            
                     


ドイツリートをお楽しみいただくために・・・ちょっと難しい話・・・
ドイツリートとはなんぞや。その昔、論文執筆にむけ「ドイツリートの定義」とやらに必死に立ち向かったこともあったが、今も昔もよくわからず、「・・・つまりはドイツ語の詩を歌詞とする歌曲」としか述べようがない。ただ、オペラやオラトリオの独唱部分、つまり「アリア」と「歌曲」とは明確に区別して呼ぶ約束事がある。だが、その「詩」は、オペラのような戯曲の中の登場人物による独白、「魔王」に代表される短いお話、ストーリーを持つ連作で書かれた詩集、詩人の一瞬の心情を描いたもの、民謡や童謡、近現代の歌曲も含めると状況は様々。
だが本日演奏するドイツリートの共通項は「ロマン主義」ということだ。それまでの古典主義における調和や形式、教養を重んじていた時代から、「自我」の時代へ移り、作家達は「自分探し」の産物として「詩」を生み出し、作曲家たちはそれに共振した。革命後の時代の変化に伴い、宮廷主導の大きな劇場、つまり公共の場だけでなく、裕福な庶民や知識人によるプライベートな集い、いわゆる「サロン」におけるコンサートが重役を担うようになる。モーツァルト以後の作曲家たちは、まさにそんな時代に生まれた作曲家たちであり、シューベルトは詩の持つ抑揚や韻律、雰囲気といった詩の特徴をメロディーに反映させるだけでなく、詩の心に寄り添い、聴く人の心に語りかけるような歌曲作品の多くを「サロン」で発表していき、ドイツリートという分野を確立していったのである。
その後を引き継ぐのはシューマンであるが、彼はロマン派たる夢・幻想・人の内面の躁鬱を音楽で実現しようとしていた。しかし精神病を発症し入水自殺をはかったのちは精神病院で晩年を過ごす。シューマンと妻クララの恋愛物語は非常にドラマティックで有名だが、結婚の年には爆発的に多数の歌曲を書き、「歌の年」と呼ばれる。リーダークライス作品39番もその年に作曲された連作歌曲だ。詩の選定はシューマンによるもので、詩人の意図による連作ではない。
シューマンの歌曲は伴奏の域を超えるほど、特に前奏後奏で、詩の持つ世界観をロマンティックに語るピアノ伴奏部が特徴である。それはシューマンの文学への洞察の深さの現れであろう。この旋律と伴奏という概念を超え、どちらもが詩に寄り添い、「詩、旋律、伴奏」が三位一体のごとくに対等であることがロマン派におけるドイツリートの重要な特徴であるが、そこでは「声」の存在は当たり前に要求されてはいるものの、前面にアピールされるものではなく、恐れずにいえば言葉の邪魔にならないことのほうが重要なほどだ。
ところが後期ロマン派最後の作曲家リヒャルト・シュトラウスの手にかかると、それがどうでもよいことのように感じてしまうのだ。言葉は旋律に融合されてしまい、その発露は「声」に委ねられる。肥大した伴奏部は、違った意味で、もはやピアノ伴奏の役割ではない。
ロマン派以降の調性の崩壊と新しい和声概念を経験し、作曲技法はもはや「時代」ではなく、趣向的選択となった時代に、彼の選択した歌曲は、ドイツリートの定義に外れる「ロマンの香りのする歌曲」であるのかもしれないが、しかし、どうであろう、聴き終えてみれば、それは確かに後期ロマン派であり、ドイツリートなのである。



詩人についてのミニ知識   
          
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe,1749 -1832)
「すみれ」にモーツアルトが作曲する際、実はゲーテによるものと知らなかったらしい。だからなのか、最後の「かわいそうなすみれ・・・」という部分はモーツアルトが書き加えたものである。

フリードリヒ・シュレーゲル(Karl Wilhelm Friedrich von Schlegel, 1772-1829)の詩集「夕映え」から、シューベルトは時期を違えながらも11曲に作曲した。しかしそれらをまとめて歌曲集にしようという構想はなかったようだ。

ヨーハン・ミヒャエル・フリードリヒ・リュッケルト(Johann Michael Friedrich Rückert,1788-1866 )は美しく親しみやすい詩で、多くの作曲家にも愛された。シューマンもそのひとり。

ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフ(Joseph Karl Benedikt Freiherr von Eichendorff,1788-1857)による「リーダークライス作品39番」。第1曲、2曲、3曲、5曲、12曲を抜粋して演奏する。

フェリックス・ダーン (Felix Dahn: 1834-1912) は、少女を実に生き生きと、そして表情豊かに4種の花に喩えた。その花を愛でる視線は愛情深く、官能的でもある。


 ◆最後まで読んで頂きありがとうございました。今日は日本語訳の朗読を挟みながら演奏いたします。難しいことはひとまず置いて、時空を超えて、詩人、作曲家たちの鼓動を、息遣いを演奏者である私たちと一緒に感じていただけましたら幸いです。          ・・・北村さおり

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by saori-kitamura | 2012-07-04 14:57 | リサイタルの記録 | Trackback | Comments(0)

ロマンティックコンサート『椿姫』ハイライト

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《ごあいさつ》

本日はお寒い中、「北村さおり ロマンティックコンサート『椿姫』ハイライト」にお越し下さいまして誠にありがとうございます。
八王子に生まれ、短大まで市内の学校に通い、結婚後もほとんどの時を過ごしてきた八王子。ご近所の方々や、幼馴じみ、学生時代の恩師や友人、地域の皆さん、趣味サークルの仲間、子供たちのママ友・・・・日ごろお世話になっている皆さんと、共に楽しむ小さな、しかし本格的なコンサートを!そんな思いで始めた「ロマンティックコンサート」も今日で三度目となりました。
今日は素敵な共演者の方々をお迎えして、大好きな「椿姫」に挑戦できることに大変興奮しています。一幕の有名な「乾杯の歌」では、皆様も客席から合唱部分を「lalala」で歌っていただきたいと思います。どうぞ大きな声でオペラに参加して下さい。
それでは、どうぞ最後まで、私どもと一緒に歌劇「椿姫」の世界をお楽しみください。

またこの場をお借りして、日頃から長時間の音出しでご迷惑をおかけしているにもかかわらず、演奏活動を見守り続けて下さっているご近所の皆様、今回スタッフを引き受けて下さった、そよかぜ、あい混声合唱団の皆様、岡様、府川様、共演者の皆様、そして応援して下さったすべての方々に感謝を申し上げます。

北村さおり
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by saori-kitamura | 2012-02-04 19:40 | リサイタルの記録 | Trackback | Comments(0)

2011リサイタル

リサイタルの記録

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2011年7月8日(金)
みなとみらい小ホール19時開演
ピアノ:田中健

プログラム

カンプラA.Campra
蝶の歌 ~オペラ・バレ「ヴェネチアの饗宴」より
Chanson du papillon Opéra-ballets 『F^etes Venitiennes』

アーンR.Hahn
クロリスに A Chloris
えもいわれぬ時 L’heure exquise
リラに来るうぐいす Le rossignol des Lilas

ベルリオーズ 
ヴィラネル Villanelle
薔薇の精  Le spectre de la rose
未知の島  L’ile inconnue
~「夏の夜」より『Les nuits d’eté』

ケクラン C.koechlin 
グラディスのための七つの歌 作品151」Sept chansons pour Gladys Op.151
愛の神は私に言った・・・《M’a dit Amour.....》
彼をつかまえたと思ったら・・・《Tu croyais le tenir...》
罠にかかって  Prise au piège
ナイアード   La Na¨iade
嵐       Le cyclone
鳩       La colombe
運命      Fatum



中田喜直
ほのかにひとつ
 ゆく春
 おかあさん
 アマリリス
 髪

フォーレ G.Fauré
ノクターン作品36  Nocturne op.36 (ピアノ独奏)

グノー C. Gounod
私は夢に生きたい Je veux vivre
 ああ、何という戦慄が Dieu! Quel frisson court dans mes veines
   ~オペラ「ロメオとジュリエット」より『Romeo et Juliette』

(アンコール)
アーン    :わが歌に翼があれば
中田喜直  :くりやの歌
モーツアルト:わが復習の炎は地獄のように燃え~オペラ「魔笛」より
相澤直人  :ぜんぶ


小さき花のプログラムノート
 フランス古典歌曲という響きはイタリアのそれと比べ耳慣れない。しかし中世、ルネサンスからバロックにかけてのグレゴリオ聖歌やポリフォニー、教会音楽、世俗音楽・・・フランスこそが音楽文化を牽引していたともいえるのである。音楽史上で歌曲やオペラの発展にフランス作曲家たちの影は薄いが、世の流行に取り込まれず、独自の芸術文化を宮廷の発展と共に興隆していったといえる。ベルリオーズに始まりフォーレ、ドビュッシー、そしてラヴェルへと花開くフランス近代歌曲の栄華は、この肥沃なる土壌の恵みによるものなのである。
 オペラ・バレとは一幕ごと独立したバレエとオペラによって構成された舞台劇。イタリアの深刻な神話劇と違い、軽やかでエレガントなのがフランス流。アンドレ・カンプラ(1660-1744)によって確立された。
 レイナルド・アーン(1875-1927)の歌曲は世紀末のサロン文化そのものといっても良い。しかしその音楽性はサロンによって磨かれたものだけではないらしい。なぜなら13歳で作曲した「わが歌に翼があれば」には、既に言葉の魅力をシンプルに声に乗せるアーンの手法がはっきり見えているのだから。バロック時代のヴィオーの詩にバッハ風の前奏曲が印象的につけられたクロリスに、押韻とリフレインを伴うロンデル形式の優雅さを歌うリラに来るうぐいす、16歳のアーンが巨匠ヴェルレーヌに挑み3年を費やした恍惚の時、同時代の作曲家たちと同じく、古典のエッセンスを魅力的に取り入れてエレガントさを醸し出している。
 エクトル・ベルリオーズ(1803-1896)が1841年に発表した歌曲集「夏の夜」は、ロマン主義からの脱却を試み、「芸術のための芸術」を唱えたゴーティエによる詩集「死の喜劇」から6編が選ばれた。芸術のための詩と音楽の出会いはまさにフランス歌曲(メロディ)の幕開けとなる事件といっても過言ではないだろう。その中から1曲目のヴィラネル(田園的、民謡調という意味)、2曲目ばらの精、6曲目の未知の島。
 シャルル・ケクラン(1867-1950)はフォーレ(1845-1924)に学んだ。歌曲、オーケストラなど作品は多いが、どちらかというと作曲法や対位法の教師として認知されていたようだ。作風は旋法的あり無調ありの多様。「グラディスのための7つの歌」はドイツ人女優リリアン・ハーヴィが1931年の映画で演じたグラディスという役に触発されたケクランが自身の詩に作曲した。自作詩の曲集といえばドビュッシー(1862-1918)「叙情的散文」、そして以前リサイタルでも取り上げたメノッティ(1911-2007)「彼方からの歌」もそうであったが、作曲家たちはどんなプランを持って自作詩の歌曲集を仕上げたのであろうか。詩が先か曲が先か、一曲目から書いたのか全体的に仕上げていったのか・・・。それはもう想像するしかないのだが、ケクランのこれは一曲目から即興的に、そして弾き語る作曲家の姿が、なんとなく目に浮かんでくるのである。楽譜には全曲を通し拍子記号はなく、短音階的響きを持つドリア、エオリアと、全音階的な響きのミクソリディアなどの教会旋法を使用している。この旋法的で機能和声を避ける手法は、フォーレ、ドビュッシーなどが好んで使用した、いわゆる印象派的色彩和声である。1曲目は単音だけのピアノパートで始まり、曲が進むにつれ3和音を中心として厚みを持ってゆくが、そこには即興的で光線的な輝きだけでなく、対旋律的な重なり、旋法に寄り添う素朴でやさしい和音が連なっていく。そして終曲の短い後奏には全音階的旋法が短く置かれ、それはまるで男女をめぐるドラマの無限を現しているかのように感じるのである。
 休憩後の中田喜直(1923-2000)作品では和音階的、教会旋法的、印象派的などの響きを、前半のフランス音楽の余韻の中で聴いていただきたい。きっといつもと違う発見があろう。そしてシャルル・グノー(1818-1893)のオペラ「ロメオとジュリエット」。ジュリエットのまだロメオと出会う前、恋愛への憧れを歌うワルツ、そして毒薬を飲むことへの不安と、ロメオへの愛と決意が渦巻くアリアの2曲。グノーはこのシェイクスピアの傑作をオペラに都合よく上手に纏め上げた。

フランス歌曲にはずっと憧れていたので、今日プログラムに取り上げることができてとても嬉しく思うと同時に、大変緊張している。しかし、この憧れの気持ちが私を舞台の上まで引っ張り上げてくれるのだと信じている。
ドビュッシー、ショーソン、ラヴェルなどなどの作品を取り上げるまでに至らなかったのは、少々心残りであり、いつか必ず実現させたいと思っている。どうかその日を、気長にお待ちいただけたら幸いである。



共演に寄せて
初めて北村さんの歌を拝聴したのは、大学院の伴奏科に在籍していた学生の頃。日本音楽コンクールの本選での演奏でした。

凛として、気品溢れる舞台姿。キラキラ輝く存在感と、きめ細かに紡ぎ出された美声と詩と旋律が、ホールを一杯に満たしていくのを身体中に感じたのを今でも覚えています。

…いつか、こんな素敵な歌手と共演することができたら…。
声楽伴奏の勉強を始めたばかりの新米ピアニストの夢でした。

そして月日がたち、昨年の偶然の出会いをきっかけに、かの憧れのソプラノと共演する機会を得ることになったわけです。

今宵演奏するフランス声楽作品と中田喜直作品は、私にとってとてもやり甲斐のある大好きなプログラムです。
どの作品も洗練されていて、歌詞と旋律と”和声”の関係が密接です。
私個人の主観としては、フランス歌曲のピアノパートは”さりげなさ”に尽きる気がしています。
流麗な流れを促す役割であり、色彩を表出する役割もあり、さりげなくスパイスを利かす役割になったり。
それぞれの役割はこなしていても、それを強いて聴衆に気づかせないような…それがフランスの粋な佇まいというものでしょうか。

また、歌手とピアニストは作品を媒介して発信と受信をしあう仲です。北村さんという、素晴らしい歌手と私が”交信”を繰り広げ、またお客様とも交信しあう。

今宵のコンサートがそのような素晴らしいひと時になりますよう、精一杯演奏させていただきます。

田中健
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by saori-kitamura | 2011-07-08 19:00 | リサイタルの記録 | Trackback | Comments(0)

リサイタルの原稿

リサイタルのプログラム用原稿を書くにあたり、過去のプログラムを読み返した。

我ながら恐ろしいプログラムをよくも毎年こなして来たものだ・・・・・と、何かと弱気な今の自分に皮肉をいってみたりしながら、読んでみる。当時の演奏への意気込みが少し心に蘇ってきた。

依頼して書いていただいた原稿があまりに素晴らしすぎる。動員数の少ない私のリサイタルプログラムなんぞにはもったいない。もっと沢山の方に読んで頂きたいものだ・・・ということで、カテゴリにリサイタルの記録を設けました。

よろしければお立ち寄りください。
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by saori-kitamura | 2011-06-13 15:11 | リサイタルの記録 | Trackback | Comments(1)

ソプラノ歌手 北村さおりの日常あれこれと音楽活動のご紹介。 


by saori-kitamura
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