カテゴリ:あれこれ・・・( 244 )

レッスンの可能性が広がります

今年から、歌う方も教える方も、もっともっと頑張ってみようと新しい活動に奮闘しております。

そのひとつとして、この度、カノン音楽教室でもお世話になる事になりました。
これまでも何度かイベントなどご一緒させて頂いてきたお教室主催の奥村先生の素晴らしいビジョンに大いに共感。これだけの素晴らしい講師陣を揃えていらっしゃるところからも、奥村さんの本気の心意気を感じずにはいられません。

一般の愛好家の方々に、より音楽を楽しんでいただける様、講師の皆様と協力して、仕事として教えるだけでなく、教室を通して私たちも様々に活動を展開していけそうです。

自宅でのレッスンに加え、綾瀬でもレッスンができる様になりました。
遠方の方、ぜひご利用ください。

まずは体験レッスンなどをご利用になり、お教室の様子などをご覧ください。
レッスン料金などはお教室の規約に準じますが、回数や時間などはご相談でご希望になるべく沿いたいと思います。

http://www.canon-music.com/course15/vocal.html

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by saori-kitamura | 2015-06-24 13:32 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(0)

メトネルを聞いてみよう

メトネルをきいてみましょう!!
ロシア語で歌ってますが、原語はドイツ語。
ゲーテ歌曲集より。

以前、リサイタルでも取り上げました。ピアノ、かっこいいですね〜。

今回はソナタヴォカリーズ。山田さんのピアノに期待高まります!!

(ちなみに、ソナタヴォカリーズもYouTubeで聞くことが出来ます。予習したい人は見つけてみて下さい。当日まで取っておきたい方はお楽しみに!!)
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by saori-kitamura | 2015-05-05 18:04 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(0)

振り返る ラインの黄金


わの会の振り返りをかねて、ワーグナー観劇記録を読む。

そうだったのかあ・・・・・・。よく覚えていないわあ〜もったいなかった・・・・。

2006年ベルリンにて。
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by saori-kitamura | 2015-04-28 13:09 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(0)

新年度ですね

桜が見事!!
皆様もお花見をされましたか?

久しぶりに家族の様子を。
昨夜は、職場の移動があるのに、思いがけずまっすぐ帰ってきた夫とお疲れ晩酌。
年度末は子供達の行事=定期演奏会に加え、卒業式もあり、何かと忙しかったので、ほっとひといき。

娘たちともゆっくり夕食。夕食らしい時間に家族揃って毎日食事できるのは久しぶり。ずっと塾があり、お迎えもありましたので。
こんな家族団らんもつかの間、学校が始まればまだ家族それぞれの時間帯になるのかな・・・と思いつつ、好調なサッカーにも影響され、夜遅くまでにぎやかな夜になりました。



そして、昼間は「わ」のお稽古でした。自分の出番以外の場面も見学させてもらいました。
今回はピアノに注目してみました。と言いますのも、今更ですが、後期ロマン派、またそれ以降の作曲家でワーグナーに影響されなかった作曲家などいない、だって流行っていたんだから!!と、あらためて感じているからです。先日の歌曲のレッスンでも、歌曲を愛好するような知識人層のお客様で、ワーグナーを知らない人などはいない!だから「矢を大地に突き刺す」と歌詞にあれば、ヴォータンを連想しない人はいないし、そういう知識をくすぐられるのが楽しみなのだから・・・と言われてしまった。それは音楽面でもそうですね、トリスタンとイゾルデを知らずに愛の音楽を語れないぞ・・・と思う今です。
歌曲に慣れている私の耳には、ピアノで聞くワーグナーの新鮮なこと。気づきが満載でした。
まあ、それもすばらしいピアニストさんあってのこと。ほんとにすごい音がしています。そして巨大な音楽を奏でているのに、ミスタッチがこれっぽっちもない!!神業です。


それにしても、ああ・・・ 勉強不足には気づくのですが、勉強は追い付かない。
人生短し!!!
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by saori-kitamura | 2015-04-01 09:35 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(0)

明けましておめでとうございます。

雪の舞う寒い元旦となりました。
みなさま、明けましておめでとうございます。
昨年はたくさんのご縁を頂き、八王子をはじめ、多くの舞台で歌わせていただきました。
ありがとうございました。
今年は挑戦の年となりそうで、勉強を何より最優先に、しっかり、ひとつずつの舞台を努めて参りたいと思っています。
八王子での楽しいロマンティックコンサートやオペラハイライトをお休みしなければならないのは残念ですが、そのかわり、頂いた舞台でのお役目をしっかり務めたいと思いますので、
今年も応援をよろしくお願い致します。

元旦に、中学3年の娘が書き初めの宿題をしていました。
考えてみれば、今年で書き初めの宿題も最後・・・ということで、私たち夫婦も挑戦してみました。
言い訳・・・・娘の筆がダメなんです〜。
先端しか筆をほぐさず使いはじめ、その後の手入れも悪く、固まってガチガチな筆、ぜんぜんうまく書けませんでした。
行書も挑戦したのですが、そんな筆なのでまったく無理。
ということで、楷書で挑戦しましたが、結局出来上がりはこんなことに・・・・・泣

私も夫も書道を子供の頃習っていましたが、書道を習っていない娘が1番うまい・・・・という散々なことに。

それでも、書き初めを楽しんだり、テレビで嵐を楽しんだり、おうちでゆったりまったりと過ごした元旦でした。

3日まではお正月休みを頂き、4日からは娘の塾も始まり、日常のお仕事モードに戻る予定です。

今年も、どんな場面でも一生懸命頑張りたいと思います。
よろしくお願い致します。
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by saori-kitamura | 2015-01-03 15:28 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(3)

太って克服した症状のこと。

すっかり秋ですね。気持ちよい気候です。
今日は、体調のことを書いてみたいと思います。今年の夏の初めは体調が本当に悪くて、かといって、体調の為に体にいいジュースを飲むとか、ヨガに行くとか何か行動をおこす気力もなく、虚しく時間ばかり過ぎていました。本当に暑かったですね。
ところが、8月に入ったら、すっかり体調はよくなり、元気元気!!心配したルチアも、しっかり準備することが出来ました。ほーんと良かったです。

でも、こんなこと、今後もあったら困ります。お年頃なんでしょうね・・・・気をつけて、予防に努めたいと思います。これから寒くなるのに、また心配です。何かいいよってことがあったら、ぜひ、教えて下さい!!

実は、私、20年前の学生の頃から、後鼻漏と耳管開放症に悩んでいて(これらの病名を知るのはずっとあと)、めまいまではひどくないが不快感があったり、体調不良に悩んでいました。いつもいつもではなく、突然それはやってきて突然治るのです。特に本番が近くなると症状が出て、本番が終わるとその瞬間から治ってしまうのです。自律神経の不調は実は子供の頃にもありましたが、大人になってまでとは・・・・。耳鼻科では何も治療法がないよ、しょうがないよ・・・と相手にしてもらえず、内科では不安を取り除く漢方とやらが出て・・・。副鼻腔炎を繰り返すからか、喉も不調になりがちで、その不安の為に大量かつ長期の服薬がはじまり、これらがますますストレスとなり症状を悪化させたようです。

あるとき、もういいやっと、それらを受け入れることに決めて、無用な薬はやめ、演奏活動からも遠ざかりました。代わりに地域活動や指導の仕事が増え、かえって充実した落ち着いた生活となりました。でも治らない喉、鼻、耳の治療も諦めず、その中で、たまたま出会った耳の先生(この先生が初めて真剣に話を聞いてくれて、いろいろ検査もしてくれました)に勧められたのが、

「太ること」

でした。
まずは3キロからと言われて、結局もっと太ってしまいましたが、これが不思議、薬も治療もなくパッタリ治りました。当時はネットで調べてもあまり情報がなかったのですが、ちょうど人気歌手が同じ耳管開放の症状で休業したりしていたこともあり、だんだんこの病名もメジャーになったみたいです。もしかしたら、症状を持つ人も増えているのかもしれませんね。原因がストレスによる自律神経の不調だって言うんですから。


この症状、ダイエット後や、元々やせているに多い症状なんですって。私もそこそこぽっちゃりだったのが、22歳ぐらいで痩せ始め、その後ずっと痩せ体型を保っていました。むしろもっと痩せたいと思っていたぐらいで、太ることは悪いことだと思っていました。でも、太っていいんだ・・と思うことがきっかけで、なぜか原因となっていたストレスからも解放されたみたいです。一体どんなストレス?
でも何となくわかる気もします。

この数年は、声も体調もよく、本当に幸せで、お陰でいろんなことに挑戦してみる勇気が持てるようになってきました。


これから、秋も冬も、そして来年の春も・・・たくさんの演奏会が待っています。わくわくします・・・・・が、不安もいっぱい。でも、そんな不安に負けずに、体調も万全に、勉強も本番も楽しみたいと思っています。

次は、来週のレディースアンサンブルそよかぜの10周年記念コンサートです。
お楽しみに〜!!
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by saori-kitamura | 2014-09-21 16:14 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(0)

父の誕生日に  父の思いでその2

父は兄弟仲がとても良かった。妹が宇都宮から東京の学校へ遠距離通っている時は、毎晩自転車で駅まで迎えに行っていたそうです。姉とはべったりと仲がよく、東京でも一緒に暮らし、名前で呼び合い仲が良いのでよく夫婦に間違えられたとか。社交的で行動的であるとも言えますが、実家側からみると心配の絶えない父だったようです。父が自由に東京に行けたのも、実家のお兄さんがしっかりと両親や家を守ってくれていたからです。
姉、妹のおばのことは名前で呼んでいたのに、おじのことは「アニキ」と呼んでいました。尊敬していたのだろうと思います。

母との出会いは電撃的。プロポーズはあっという間だったようですが、結婚には重要な問題が。当時教会では信者同士の結婚しか認められていませんでした。別に、教会で結婚式を挙げなければいいだけのことですが、母は要理に通い、洗礼を受けてから結婚をすることになりました。それはなんで?と聞いてみましたが、当たり前だと思ったし、自然に・・・ということだったようです。そんなものでしょうか・・・・母もけっこう不思議です。

結婚してしばらくは両親で教会に通い、長女には幼児洗礼を授けたものの、その後八王子に引っ越しをきっかけに両親は教会へ行かなくなったようです。

私は子供の頃、おばあちゃん、おじいちゃんのお墓参りでお寺には行くけど、もしかしてうちはキリスト教なのかしら・・・おばさんたち、いとこたちも教会に行っているようだし・・・と気になっていました。ついに中学の時、父におそるおそる「教会に行ってみたい」と言ってみました。。父はクリスマスのミサに連れて行ってくれました。初めての儀式(ミサ)で、何がなにやら全くわかりませんでしたが、父が他の人と同じように、ひざまずいて祈りを唱えたり、立ったり座ったり・・・・。ああ、やっぱり父は教会の人だったんだ、とはじめて納得しました。しかし、その後、続けて教会に行くこともなく、話になることもなく、私は高校生になりました。

東京純心女子高校はうちから一番近い私立の女子校で、ミッションだからと言う訳で進学した訳ではなく、学力的に選んだ学校でした。

入学式のまえ、たぶん制服や教材などを取りに行ったとき、父と行きました。すると父がいつの間にかシスターたちと仲良く話し込んでいて、当時父のそういう社交的なところが恥ずかしいと思っていた私は「イーヤー!!」と心で叫んでいたのですが、宇都宮教会のことや、お世話になったフランシスコ会の神父さまのことをご存知のシスターがいて、父はとっても嬉しかったようです。

入学後、特に何か大きな感動やきっかけがあった訳でもありませんでしたが、わたしも「当たり前のように、自然に・・・」八王子教会の要理に通うことになり洗礼を受けました。しかし、父は洗礼式に来たかしら・・・その後も教会へはつながりを持つようになりましたがミサに行くことは少なかったような、、、。動けなくなってから、病床の父の見舞いに神父さまは通って下さいましたが、父は最後まで熱心な信者のようには見えませんでした。

しかし、今回この話を聞き、やっぱり父は神様とともにあり、神様によばれて信仰の道を選んだのだろうと確信しました。
そして、わたしも。
神様のそばで育ち、あるとき、神様の呼びかけを聞いたのだな、と思います。

ただし、父と同じで不良信者、ミサはさぼりっぱなしですけれど・・・・・。





まだみんなで迎えることが出来たお正月。
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東京純心女子高校の入学式。登下校では、このマリアさまにご挨拶する習慣が。ごきげんよう・・・とは言いませんけど。
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by saori-kitamura | 2014-07-02 09:34 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(0)

ルーツをたどる・・・神様によばれた父

年をとると自分のルーツを知りたくなるものなのでしょうか。

今日は亡き父の83歳の誕生日ですが、なぜ父はカトリック信者となり、そして私もカトリック信者となったのか・・・・そもそも父はどんな青春時代を過ごし、どんな仕事をして、どうやって母と出会い、私たちは家族となったのか。
プライベートなことですが、記録として書いておこうと思います。

父が亡くなってもう7年が過ぎますが、生前そのようなことを本人から聞く機会はありませんでした。母も結婚前のことはよく知らなかったそうです。
子供の頃の話と言えば、祖父が務めていた宇大付属に通っていた父、やんちゃで先生に叱られては、大学の職員室の祖父の机の下に潜り込み、担任の先生を困らせていた話。
そして、戦争中の中学生のとき、宇都宮の空襲のあと、駅周辺の片付け(がれきもそうだが死体もあったそうだ)をしていると、突然低空飛行で飛行機が現れ、追いかけられるように集中砲火を浴び、友人たちが死んで行った話。弾に追いかけられ、駅にとまっていた列車の下に潜り込んだ生徒たちだが、その列車を飛行機は打ち抜いていった。飛行機が去ったあと、父の手には暖かいものが流れてきて、気がつくと血の海だった。怖くなった父は、列車からぬけだし、げたを手に持ち、「おかあさーん」と叫びながら家までひたすら走ったと言う話。

このような話を子供の頃聞いたからか、父に昔の話を聞きたいとは、大人になってからも思ったことはなかった。聞いてはいけないような・・・。

父は5人兄弟。宇都宮の実家を継いで県庁に勤めた長男。東京で洋裁の仕事をしていた長女。その姉と一緒に東京に出た父。結婚まで教会の幼稚園の先生をしていた次女。そして幼少時に亡くなった男の子が一人いたそうだ。

もう、長女であるおば以外は亡くなっている。

法事で、おばといとこたちが集まったとき、父の子供の頃の話を聞いた。
想像していた父とは随分違っていた。
私たちの知ってる父は、器用で、絵を描いたりモノを作ったり何でも出来る人で、親戚付き合いもマメで、人気者タイプ。
だけど、子供の頃は、次男らしく?言い出したらきかない、じっとしてないタイプの男の子だったらしいです。
大人になって東京でおばと二人で暮らしている時も、夜も仕事で忙しいおばに、一緒に映画にいこうと、よくせがんだそうです。


そして、祖母、長女、父、次女、父のいとこたちがカトリック信者となったきっかけの話になり、私はてっきり、最初はおば達が教会にあこがれて通うようになり、父はきっとおいしいお菓子にでも釣られて教会に通ったのだろうと思っていた。

実際は、戦後すぐ、最初に、ひとりのいとこが教会に通うようになり、ついに親には内緒で洗礼をうけた(そののちノートルダムのシスターとなる)。その話を聞いていた父達だったが、教会には行っていなかった。ところがある日、父が祖母に教会に行ってみたいと言い出したらしいのだ。父はとてもやんちゃなわがままで言い出したら聞かない。祖母は仕方なく、姉のおばを付き添わせて教会に行くことを許可したというのだ。そのうち妹も一緒に行くようになり、他のいとこたちも教会に通いだし、次々洗礼を受けて行った。

そして、あるとき、ついに祖母が洗礼を受けたいと言い出したらしいのだ。
その理由は・・・・当時、どのような仕事をしていたのか詳しくは聞けなかったけれど、戦後の混乱期、父の周りには薬や犯罪がごく身近で、祖母はとても心配していたが、そのようなことに手を染めず、まともな大人になれたのは、きっと神様のおかげに違いない・・・だから私も神様を信じたいと、祖母は言ったらしい。しかし祖父や長男、長男の家族は信者ではない。そんな中で、祖母は洗礼を受けた。

そのことについて、祖母と一緒に暮らしていた、実家のいとこが言うには、実家の中でひとりだけ信者となった祖母は、大きな十字架を背負ったように、苦しんでいたようだったと言っていた。

次回は私のことを考えたいと思う。私が生まれた時は、両親は教会には通ってなく、我が家にはキリスト教的教育は、まったくなかったと思う。しかし、なんとなく、私は子供の頃から気になっていたのです。
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by saori-kitamura | 2014-07-02 02:11 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(0)

すっかり春です。

大変ご無沙汰してしまい申し訳ありませんでした。

2月のコンサートのご報告もせずに・・・・・・・・・。

2月の大雪に振り回され、続けて年度末のバタバタ、我が家の定期演奏会週間がやってきて、
そんな中北海道から姉が帰省して、お花見やら、温泉やら、お食事会やらで、気がつけば4月も半ばです。

2月から記憶を辿ります・・・
藤野のコンサートを無事に終え、いよいよロマンティックコンサート。平日昼間の公演でしたのに、土曜日と変わらずたくさんのお客様にお越し頂けました。まだまだ雪の後遺症・・・雪かき疲れも残る中でしたのに、嬉しかったです。
小島さん、池田さんの楽しいおしゃべりと、すばらしいお歌に助けられ、私ものびのびと歌うことができました。みなさま、ありがとうございました。

そして翌日は、あの、あの、あの大雪!!!!!すべてがストップした週末となりました。
残念だったのが、夫と長女の所属する由井吹奏楽団の定期演奏会が中止になってしまったこと。あの雪では仕方ありません。しかし、何とか翌月に延期とすることができて、3月に無事演奏会をすることができました。そして長女の高校の定期演奏会があり、次女の中学の定期演奏会があり、家族総出で演奏したり応援したり受付したり、大わらわな年度末でした。

私もお着物教室のパーティーで歌わせていただきました。パーティーで舞台に上がり歌い始めると、あらあらあら・・・・お席にはあの方、この方、知っているお顔が。もともと演奏会にお越し下さっているお教室の方も何人もいるのですが、その他に、娘の保育園の先生、小学校のお友達ママにお会いしてびっくりしました。さすが、地元で親しまれているお教室です。

伴奏は、この度、はじめてご一緒した木林早さん。ご近所合唱団そよかぜのピアニストもして下さっていて、これから私の伴奏も少しずつお願いすることになると思います。
とてもお勉強熱心で、フレンドリーでかわゆい伴奏者さんに出会えてこれからが楽しみです。

さて、これからの予定もいろいろ決まってきました。
それは、次回に詳しくご報告します。
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by saori-kitamura | 2014-04-16 16:42 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(0)

売れる作品とは・・・めずらしく雑感を

以前、ある音楽家に生徒さんに紹介され、ご挨拶して名刺代わりにCDを渡したことがある。その後、あなたのような音楽活動をしているかたはお客様を大事にしていない、私はお客様を第一に考えてコンサートを企画しているので一緒に演奏することはできないと、なぜかメールあり、困惑した。初対面で、挨拶しただけなのに、なんでおこらせた?CDとブログからリサイタルのプログラムを見て、リート、しかもお客様が聞きたくもないマイナーなものしか歌わないと、そう思われて、叱られたのだろうか・・・・。

今回の騒動で、音楽家たちはいろいろ思うところあるようだ。端くれの私でさえ、心がムズムズとして、上記の嫌な事件までも思い出してしまった。だれでも認められ売れて商売になる音楽家に、そりゃなれるならなりたいものだ。そしてどんな孤高の音楽家であろうと、お客様を大事に思わない人などいないであろう。

さて、私はどうなんだろうね・・・・来週は子供コンサート、日本の歌コンサート、そして娘の高校のPTAでは友人ソプラノさんにお願いして、保護者向けコンサートを企画している。そこでは大好きなリートも、マイナーな20世紀の曲も1曲も歌わない。

でも、来年のリサイタルは、たぶん、生で聞くのは初めて。。。と言われてしまう曲が並びそう。でも、好きなんです。歌いたいんです。挑戦したいのです。
そしてリサイタルを楽しみにしていると言って下さる方の中には、どんな曲にあなたが興味を持っているのか知るのが楽しみだと言って下さる方も。

ああ、芸術家って、何を売るのでしょうかね〜。何が売れるのでしょうか・・・。誰が何に値を付けるのでしょうか・・・もやもやしますね。
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by saori-kitamura | 2014-02-07 16:15 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(1)

ソプラノ歌手 北村さおりの日常あれこれと音楽活動のご紹介。 


by saori-kitamura