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世界陸上

世界陸上を見ていると、アスリート達の美しさに惚れ惚れする。
美しい・・・無駄を一切省き、運動機能をとことん追求して作られたフォルム。
神様が作られた人とはこんなに美しい姿だったのか・・・神様ありがとう。

そして、今でも人間は進化しているな・・・と思えてくる。
トップアスリート達の体は明らかに進化している。
鍛え上げられたゆえの肉体なのだろうが、あまりの強さに身体能力が進化したDNAを持った人種に見えてくる。

日本選手もがんばってる!えらいぞ!すごいぞ!

遠い未来、環境危機に陥った地球で生き残る人種は彼らなのか。あの全身に感覚が張り巡らされたような無駄のない鋭いからだを見ていると、彼らは言葉によるコミュニケーションや食物からの栄養補給を捨てて、すでに人類の新しいステージに向かっているのではないかと、馬鹿なことも勝手に想像したりして。

自分の体を触ってみて・・・・ああ・・・・がっくし・・・・同じ人間とは思えない。

ここ数日暑さも遠のき過ごしやすい。こんな雨なら大歓迎。庭の緑もホッと一息入れているようだ。

1ヶ月あまりランニングは暑すぎるゆえ中止していたが、明日のリサイタルを終えたらまたはじめようか。進化しなくとも、神様から頂いた美しい肉体を大事に磨こうじゃないか!!
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by saori-kitamura | 2007-08-30 10:04 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(2)

2007年リサイタルの記録

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programm

フランツ・シューベルト F・Schubert (1797~1828)
・笑いと涙 Lachen und Weinen 0p.59-4 D777(Rückert)
・君こそ憩い Du bist die Ruh 0p.59-3 D776(Rückert)
・彼女がここにいたことを Daß sie hier gewesen 0p.59-2 D775(Rückert)
・愛は欺いた Die Liebe hat gelogen 0p.23-1 D751(platen)
・あなたは私を愛していない Du liebe mich nicht 0p.59-1 D756(platen)
ヨハネス・ブラームス J・Brahms(1833~1897)
・エオリアンハープに寄せてAn eine Äolscharfe op.19-5
・故郷Heimweh op63-8
・秘密Geheimnis op71-3
・五月の夜 Die Mainacht op.43-2

~~~ pause ~~~

フーゴ・ヴォルフ H.・wolf(1860~1903)
・少年とみつばちDer Knabe und das Immlein
・出会い Begegnung
・捨てられた娘 Das verlassene Mägdlein
・四月の蝶 Citronenfalter im April
・飽くことを知らぬ恋 Nimmersatte Liebe
リヒャルト・シュトラウス R・Strauss (1864~1949)
・薔薇のリボン Das Rosenband op.36-1(klopstock)
・たそがれの夢 Traum durch die Dämmerung op.29-1(O.J.Bierbaum)
・幸福に満ちて Gluckes genug op.37-1(Liliencron)
・15ペニヒで Für funfzehn Pfennige op.36-2
(Aus *Feiner Almanach*des Knaben Wunderhorn)
・父さんが言いました Hat gesagt op.36-3(Aus des Knaben Wunderhorn)


4つのバガテル

其の1 シューベルト
ドイツで13回目の夏を迎えた私にとって、日本はあまり恋しくない祖国になってしまった。空路でも10時間ちょっとあれば成田に着く。ベルリン、ミュンヒェン、デュッセルドルフはいわずもがな、どんなに小さい田舎町でも昨今のアジアブームに乗って台湾系、インドネシア系、中国系のアジアンショップがあり、日本かららしい(しかし出自不明の)食材が手に入る。欧州がアジア化しているのだ。
そんな中でたった1つ、私が切望するものが日本語の書籍である。活字中毒も極度の重症である人間にとって、英語、ドイツ語、フランス語で読む、または読まなくてはならない学術書や雑誌以外に読みたいものは、しかし日本語なのである。
ごくたまに日本から送られてきたり、日本人同士で貸し借りした本なんぞ、暗記してしまうほど読む。まさに活字中毒の末期症状である。
そのような日々を送る中、先だって佐藤亜紀の抱腹絶倒エッセイ、“略奪美術館“を読んだ。その後書きで彼女はこう書いている。学生でなくなり、研究、解析しなくてよくなった今になって初めてモネの絵の前で涙を流せるようになった、と。
シューベルトに対する私の立場は、佐藤亜紀にとってのモネに近いものがある。入試でもコンクールでもシューベルトが当たらぬ様、神頼みまでしていた私が、OP.59の2、Dass sie hier gewesen (彼女がここにいたことを)を聴いて、その美しさに打ち震えたのはごく最近のことである。学生生活を終えてもう何年になるだろうか。解釈云々であるとか、コンクール入賞とか、キャリアに響くとか、もう考えなくなった今、ようやく素直に音を楽しむことができるようになったということか。
端的に言うとシューベルトの、後述のヴォルフやシュトラウスに較べると透けるように少ない音の、その間隙の音楽が聴こえるようになったのは、意識的にここ何年もとってきた音楽と私の間に横たわる距離感にあるような気がしてならない。家族、という心理的、物理的障害(と、ドイツ人はいう)に起因するたなぼたである。
シューベルトもまた孤独という障害がなければ、彼の存在価値は違ったものになっていただろう。障害のない人生などありえないのだ。
日本と私の間にある距離もまた、シューベルトと私の関係に近いのかもしれない。


其の2 ブラームス
奇しくもドイツで家を建てることになったのは3年ほど前のことである。日本のように工務代理店が総てを取り仕切ってくれるのは所謂インスタント(プレハブ式か)工程で建てるときだけなので、それを選択しなかった我々と建築家はほぼ毎日工事現場に様子を伺いに行っていた。きちんとサボらずに現場が動いているのか、要はスパイしていたのである。時にはコーラを差し入れ、他の施工主の悪口を聞き、こちらの要望をけんか腰で押し通し、今振り返ってみても充実した半年間であった。
ドイツの童謡の中に、石の上に石を積み、お家がまもなくできあがる、というくだりがある。その歌詞が現実味を帯びて識ったのは、この時である。本当に石の上に石を積み上げて家壁を立ち上げてゆくその過程は感動ものである。
ブラームスを弾く度その緻密な音楽と言葉の絢ゆえに、この童謡の石のくだりが頭を離れない。その堅固な要塞のような出来栄えと修正の効かない石頭はまさしくドイツ的といってもいいだろう。そう、修正というよりは融通がきかないのだ、ドイツ人は。野球がドイツで普及しないのも、カーブ出来ずに直球でしか勝負できないからではないのかと、私はひそかに疑っている。
なんにしろブラームスは完璧に作曲したのだ。うつうつとした、当時の北ドイツの
薄暗いハンブルクという町で。やはり孤独な中、シューマン未亡人というプラトニックな恋人と捩れた関係を結びつつ。彼の優れた交響性は歌曲というミクロコスモスにさえ痕を遺し、その鬱屈した精神の前に我々は跪くしかないのだ。
ブラームスはヴィーンの中央墓地で彼の尊敬していたシューベルトとベートーフェンの隣に埋葬され、ようやく愁眉を開いたのではなかろうか。

其の3  ヴォルフ
日本の庭園がアシメトリーの原則に従っていることは、21世紀の今や欧米でも周知の事実である。いや、庭園のみならず陶芸や活け花、およそ目に見えるものは殆ど左右非対称の美を愛でる。非対称というのは対峙する2つのものいずれかに重きが置かれるのであり、不平等とも言い換えることが出来る。
対してヨーロッパの原則はシメトリーにある。教会の説く人類みな平等説もここに由来する。日本の学歴、競争社会に反発する意見もここに起因すると思われる。
しかしそれにしては、ヨーロッパでは人々が不公平に生きている気がしてならない。
東欧出身者は忌み嫌われ、トルコ系移民は自らコロニーを作り、低所得者家庭からは次世代の低所得者しか生まれない。幼稚園、学校を通して教育者たちが金切り声で弱者庇護をとなえているのにも関わらず、だ。皮肉なことにこの状態に比べれば日本の方がずっと社会的公平が保たれている。原則というものは破るほうが守るほうよりたやすく、時には歪んだ楽しささえ生じるのだ。社会主義国家を覗いてみるがいい。
ヴォルフはその病的な愉悦を、昇華して歌曲に持ち込んだ。ヴィーンの音楽家社交界からは締め出され、梅毒という不治の病(しかしこれはシューベルトも同じか)に冒され、何も失うものはないと達観し、冬の間際に次々と美しい花々を咲かせるヨーロッパの庭園のように、それらは糜爛する直前にきらきらしく艶やかだ。
無論これらは19世紀末の退廃した空気と無関係ではない。ミュシャやクリムトを観るたびヴォルフの歌曲(歌曲しか遺っていないのが事実だ)が頭の中できらきら
と響くのは私だけではないだろう。それゆえに私はヴォルフをこよなく愛した。
その熟し切った、腐乱寸前の美ゆえに。狂気の縁を歩むが如き悦楽ゆえに。


其の4  シュトラウス
さおりさんからプログラムが届いた時、ある実験を試みた。
ムスメ2人をピアノの前に座らせ、作曲家の名前を伏せていくつかの歌曲を歌い弾きしてみせた後、どれが一番好きかと質問してみたのである。下のムスメ(4歳)はまぁ、措いておくとして、上のムスメ(7歳)が好きだというのは必ずシュトラウスである。曲を変えても、何度シャッフルしても、シュトラウスを選び取る。
蛙の子は蛙か、と嘆息する私も無論シュトラウス狂である。
いつ如何なる時も、シュトラウスの果てし無い弧を描く緊張感が心地よい。音楽が終わり無く響くような気さえする。終止形の消滅はそんな効果を生み出した。
しかしそれは緊張の解ける瞬間が永遠にやってこないことを意味する。息つく暇もなく前へ前へと進むエクスタシーには後退がない。元シュトラウス狂である主人は、これこそ日本人がシュトラウスを愛でる要因ではないかと言う。経済でも国際外交でも前進ばかり考慮し、見るべきものは見つとばかりに身を投げておしまい。後退する美は日本にはないのか、と。至極まっとうなドイツ人である彼はそれが息苦しいばかりに思えるらしい。(いつか離婚の憂き目にあったらシュトラウスを原因にしようと今、思いついた。)
とにかくシュトラウス自身も果てしなく長生きし、戦後危うくナチスの戦犯に処されるところだったのを潜り抜け、前出の3人に比べれば平穏に、狂気に陥ることなく生涯を閉じた。まずは上出来な人生だったといえよう。
歌曲は彼にとって二義的だったとはいえ、オペラを凝縮してミニチュア化したような濃密な薫りがする。それだけではなく、例えばそのピアノ伴奏部分は、鍵盤に触れるだけで曲そのものが歌い始めるといったような流麗さがある。ピアニズムの醍醐味といったところか。

ここまで書いたところで、下のムスメがやってきてそっと私に囁く。“大きくなったらねぇ、なりたいものがあるんだよ。“  “へぇ、何になりたいの?“  親ばかにもピアニストかなどと期待して私も尋ねる。
„シャンソン歌手“ „・・・・・・・“ 非現実なシュトラウスもなにもかも、こうして彼女たちとの実に現実的な日常に追払われてゆくのである。


北 美由紀(ドイツ在住 ピアニスト)
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by saori-kitamura | 2007-08-30 00:00 | リサイタルの記録 | Trackback | Comments(0)

続・思い出

昨日のブログを書いてから、どうしても見たくなって昔の写真を引っ張り出した。
母がきれいに整理をしてくれたアルバムが何冊かある。

子供の頃は、なんともかわいい。写真はまだ白黒。アルバムから写真が剥がせない。残念。


b0107771_17175916.jpg小学生になると・・・面影あるかなあ。。初めてのピアノの発表会。
















父と散歩に行ったときの写真はこんな感じ。どこに行ったのかなあ・・高幡不動だったかなあ。
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夏はサマーランドにも毎年連れて行ってもらっていたし、お正月は毎年着物を着せてもらい、お雛さまも出してもらい、運動会の写真も毎年。
親ってほんとにありがたい。同じことを自分の子供たちに出来るかって???ちょっと反省。

八王子祭りのパレード。残念ながら塾の先生から貰った写真は、私は先頭でなくてわかりずらいので、2年のときの先頭を歩く姿。ポニーテールの私。
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b0107771_17515441.jpgそしてメガネをかけ始める。勉強のしすぎじゃないんだなあ・・・


そして高校の入学式。
高校入試のあと、肩ぐらいだった髪の毛の中だけをガリっと刈り上げた。
そして中学卒業後短く切ってしまった。








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なんとなく、お嬢様制服にお下げ、おまけにベレー帽・・・というのにちょっと照れくさくて、わざとミスマッチを狙ったのかも。この頃から、髪の癖、にきび、そして体重増加が始まって、その後の私の青春時代を悩ませる・・・。

入学式の頃は、この純心学園に7年間も通うことになるなんて。。。これっぽっちも思っていなかった。ここで音楽に巡り会うとは・・・・。

懐かしいこの制服。お嬢様(ただし、田舎の。。。。)の象徴ベレー帽は、今はすでに廃止されている。
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by saori-kitamura | 2007-08-17 18:21 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(1)

夏休みの思い出 子供時代

最近昔のことを良く思い出す。子供の頃のことも、つい最近・・?だと思っていたのにもう何年前?の学生時代のことも。

そういうお年頃のなのでしょうか。

子供の頃の夏は、横須賀の母の妹の家に5歳の頃から毎年1人でお泊りしていた。少し下の従弟と仲良しで、その間だけ私もお姉さん。叔母はもうすでに他界しているのだが、顔が母にそっくりで、お母さんと一緒じゃなくて寂しくないの?と、近所に聞かれると、ちょこば(叔母のあだ名)はお顔がママと一緒だから寂しくないの、と言っていたらしい。叔母は勤めていたので、昼間はおばあちゃまと過ごすこともあったし、叔父の休みには海に遊びに連れて行ってくれたり、蛍狩りに行ったり、花火をしたり・・・・楽しい夏休みを過ごしていた。

叔父の転勤で栃木の烏山に一家が引っ越すと、今度はそっちの家で川遊びや、鮎とり、しかもその鮎を庭でバーベキューにしたり・・・近所の子供たちの中に入れてもらって遊んでいた。

叔母の顔はいつまでも思い出の中で若いまま。生きていたらどんなおばあちゃん顔になっていたことだろう。

中学になると部活が始まり、夏の思い出はコンクールになる。私は吹奏楽部に所属。1年の時は先輩方だけでコンクールに出場。見事金賞。とても感激した。その頃の先輩、そしてコーチに来ているのか、遊びに来ているのか・・OBの先輩方(高校生の夫もいた!)は個性的で、かつ優秀な人ばかり、顧問のT先生はちっとも厳しくないけど素晴らしい音楽性で皆を引っ張り、とっても尊敬していて面白かった。合宿や、当時の賑やかな八王子祭りのパレードは青春そのもの。

2年の夏は、合宿をコンクール前に組むことが出来ず、コンクールの方をあきらめて合宿を優先することになった。つまりコンクール不参加。

3年。これまで部活を引っ張ってくれていた顧問のT先生は異動になっており、昨年の合宿で先輩方も引退。新しい顧問はいるものの部活の勢いは低迷気味。今のように外部からコーチを呼ぶようなこともなく、生徒だけの練習では物足りなく、部活に限らず何事にも不満な、悶々とした日々をすごしていたような。勉強も成績がずいぶん落ちて、内申からして、もう希望の高校は無理だと明らかになってしまうほど・・・・。
はちまきを頭に巻いて握りこぶしを突き上げて「必勝」と叫ぶような進学塾に、なぜか自ら希望して通っていたが、夏休み・・・たぶん夏期講習の前期は受けていなかったんだと思う。なのに、塾のある先生が、塾の前を通るパレードを休みなのに見に来てくれて、私の写真をとってくれていた。3年なのに夏期講習にも出てこないのは、私ぐらいなものだったでしょう・・・・。
そして写真を渡してくれるとき、部活を最後まで一生懸命頑張る子は、受験も必ず頑張れるんだぞ!!と言ってくれた。確かに部活を理由に講習をサボったような・・。
その後も挨拶以外に話すことなど全くなかったけれど(どの先生もだけど)、その先生がとっても好きになって、塾も少し好きになった。

その年のコンクールは出場したものの、3年の力不足・・みごとな惨敗。初めてのコンクールの舞台を、その時は母も見に来てくれたんだよなあ。。当時私が使っていたのは、中学生には生意気なBachのトロンボーン。どうしてもいい楽器が欲しくて、自分がそれを吹きこなせる実力もないくせに、いい楽器じゃなくちゃ一生懸命練習したっていい音が出せないと思っていて、親を説得して、説得して、泣きに泣かせて買ってもらった楽器だった。だから相当母親も期待してくれていたんだと思う。

申し訳なかったなあ・・・・・・今はその楽器は母校の中学生に恩師T先生を通して貸している。
母校由井中吹奏楽部は、数年前に再び赴任されて戻られたT先生の指導の下、今年も都大会に進むことになったと言うのだから、指導者の力というのはすごいものだ。

受験も、都立はあっさり諦め、安全圏の私立校に無事合格となったが、頑張ったといえるほどは頑張らず・・・・。たしか冬期講習も行かず、なんとスキーに行っていたのよね。
塾の先生は好きになれたが、勉強は好きになれなかった・・・・。

友達も多くなく、なにやっても詰まんない、生意気で、複雑な中学生だった・・・・・
結婚披露宴のスピーチで、3年のクラス担任で部活の顧問でもあった先生に、当時学級委員だった私の生意気ぶりを、どーーーんと披露されてしまい、特別思い出深い生徒・・とか言われてしまったのだから、相当なものだったのでしょう。

思い出、ティーン時代編はまた次回。
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by saori-kitamura | 2007-08-16 16:29 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(0)

海・海・海 その2

水曜、この日もギラギラの太陽。
あんまり楽しかったので・・・私事すぎるけれど日記のつもりで書いてみよう。

前日からソワソワ・・・な子供たち。私もソワソワ・・・・・・。

友人が仕事の休みに子供たちを海に連れて行ってくれました。
お楽しみ盛りだくさんの、とっても楽しい海の一日となりました。

まずは朝の首都高渋滞を避け、多摩川沿いの土手道で川崎を目指す。目的地は館山!
アクアラインに乗って行こう…と言っていたのですが、運転手さん、急遽進路を変えて川崎から高速に。目的地は横須賀・久里浜港?!。

そう!フェリーに乗りました。船の出る10分前ぐらいに到着。スイスイっと船に乗り、あっという間に海上へ。
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子供たちはフェリーははじめて。大きい船も初めてです。甲板で飛ばされそうな強風を浴びながら海の景色を楽しんで30分。千葉へ上陸。

山の中を走り抜けると・・・・海!!館山から少し離れた静かな海。友人が、ここなら初めてでも安心でしょ。。と連れて来てくれた。b0107771_1564180.jpg海水浴は初めての子供たち。波も、浜辺も、貝殻も、何もかも初めてで大興奮。人もとっても少なくのびのびと遊ぶ。







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夕方波も高くなったことろで、そろそろ帰るよ・・・・ええええええええ~まだ遊ぶ~~~を、何度か繰り返し、ようやく車へ。

帰るの??いえいえ!お楽しみはまだまだ続く・・・・その日は館山の花火大会だったのでした。

館山に向かって出発。巨大なショッピングモールの駐車場に車を入れ、お弁当を買って再び浜辺へ。相変わらずの強風・・・何もかもが砂だらけ・・・・。

まずは沈み行く夕日を楽しむ。なんと、富士山の脇に太陽は沈む・・・美しい・・・・。
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日没後、いよいよ花火。目玉は水上花火。巨大花火が目の前で水面に花開く。孔雀のよう・・写真上手く撮れず・・・打ちあがる花火と海上の花火、ついでに夜空に輝く星空・・・・・一度のあれこれ見れないよ~~贅沢すぎるよ~~~と素晴らしい海の一日は終了。

かえり、駐車場から脱出するまで2時間・・・と言う恐ろしい渋滞が待っていたが、アクアラインを公共の場ではお知らせできないスピードで通り抜け、深夜無事帰宅。

盛りだくさんの海でした。

遊んでばっかりのようですが・・・勉強もしてますのでご心配なく。
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by saori-kitamura | 2007-08-09 14:58 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(2)

海・海・海

8月、夏のギラギラした太陽。

金曜は横浜の矯正歯科へ。親子3人お世話になっています。それぞれ歯に問題がありまして・・・・。矯正はなかなか時間も掛かり苦しいことも多いですが、皆で励ましがんばっています。

夫が急遽仕事を休めることになったので、診察後の午後は横浜で遊ぶことに。

まずは、横浜からシーバスに乗って、海から横浜見学。
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山下公園から港の見える丘公園へ。そこで軽い昼食はホテルで洋食。ワインも頂いて・・。
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それから、外国人墓地などをまわり、元町でウィンドウショッピング、そして中華街。
足がもう棒のようだ~~~っと、四川のお店へ。
めちゃめちゃ辛い麻婆豆腐などをいただき、もう一度ショッピング。街はパンダ一色。

平日の午後、充分横浜を楽しみました。
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by saori-kitamura | 2007-08-09 14:25 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(3)

二期会「アフタヌーンコンサート」

今日はアフタヌーンコンサートに出演しました。二期会会館の中の一番大きなスタジオで、賛助会員、愛好会の皆様を対象としたコンサート。希望すれば誰でも出れるコンサートです。

今回は、迫り来るリサイタルの宣伝と、二期会週間やもろもろの宣伝、そして名前と顔をオペラファンの皆さんに覚えていただきたいと思って、渡辺公威君、黒木直子ちゃんと出演。歌曲を一曲ずつとリゴレットの2重唱を歌いました。演奏後、お茶とおやつをつまみながらのパーティーがあって、お客様と直接お話が出来るんです。演奏がなかなか好評でうれしくなりました。

「僕は~のファンでね・・」「~さんのオペラはやっぱりいいね~」といった具合に皆さんご贔屓がおありのようで、私も早くそんな風に言ってもらえる歌手になりたいと思ったのでした。

今日はじめて聞いていただいたお客様たちにも、その場でチケットを何枚も買っていただき・・・感謝感激!

写真もいっぱい撮ってもらったのですが、結局自分のカメラで撮る暇がありませんでした。
ジルダをイメージして、白いドレスだったんですが・・・髪も縦ロール復活・・かなり気合入れたんですけど・・お見せできず残念。

今度の機会に。

歌うだけでもへとへとなのに、その後の歓談で足と顔と声がすっかり疲れ切り(お客様はとっても元気!どこからそのパワーが??)・・その後の予定をキャンセル、すきっ腹を公威君たちととりあえず満たし、家へ直行。いつもは駅まで車で行くのに、今日はバスを利用したからか??足がパンパン、腰がふらふら。気持ちはハッピーなのになあ・・・年だなあ・・・

毎朝走っているのに、まだまだ体力が足りないようです。

このところ、本番やオーディションが毎週のように続き・・リハーサルも入るし、頭も精神も体もかなりハード。

体調管理をしっかり、そして日頃から鍛えておかないとダメだよなあ・・・・と、お疲れの私は思うのでした。

次回は18日にまたまたオーディション。結果はいつもいいわけではありませんが張りきって頑張ります!
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by saori-kitamura | 2007-08-01 23:42 | 演奏会で歌った後に・・ | Trackback | Comments(2)

ソプラノ歌手 北村さおりの日常あれこれと音楽活動のご紹介。 


by saori-kitamura
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