<   2009年 09月 ( 8 )   > この月の画像一覧

藤野芸術の家

9月13日は、神奈川県の相模湖のほとり、藤野芸術の家にて声楽講座を担当しました。

29人の受講生達と、午前・午後の合計4時間、たっぷり歌って楽しみました。

b0107771_12221464.jpg
b0107771_12232847.jpg

[PR]
by saori-kitamura | 2009-09-20 12:23 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(10)

ピアノリサイタル

9月11日(金)に新納洋介さんのピアノリサイタルに行きました。
毎年、リサイタルを東京文化会館でされていますが、今年は高輪区民センターホールでした。主催者の関係かな?

初めて訪れたホールでしたが、駅からアクセスがよく、演奏会には助かるホールだと思いました。
演奏会には、普段よりお洒落をして出かけたいものだけれど、雨なんか降った時にはがっかりしてしまう。
客席でも、なんとなく自分の靴や服だけでなく、ホール全体湿気た感じで。

寒い日も、暑い日も、別の意味で湿気た感じになりやすいので、このホールのように外に出ないのは助かりますよね~。

肝心の演奏の感想ですが、エネルギーに満ち溢れた素晴らしい演奏でした。これまでの演奏会で印象に残っていた繊細で、柔らかくて、とろけるような音色が聞けると思っていたが、今回は、それはそれは力強く、エネルギッシュ、雄大であり、衝動的でもあり、予想を裏切られて圧巻であった。

それがまた、かっこよく、さわやかで、まるで川下りを楽しんだような興奮でありました。

不意に例のナイーブな音色で、ふっと心をなでられることもあって、、、。

様々な景色を楽しんだ気分なのは「展覧会の絵」によって演奏会が締めくくられたからであろうか。

つまり、ナイーブでも、ちから強くても、かっこよくて、好きなのでした。


ベートヴェン:ソナタ18番、ソナタ21番「ワルトシュタイン」
ドビュッシー:喜びの島
ムソルグスキー:「展覧会の絵」

そして、同年代 (彼の方がずっと若いんですけれど、演奏家としてのキャリアは同年代)の演奏を聴くということは、とっても大事なことだと、あらためて思いました。

私も、演奏家の友人たちに聞いてもらえるようなリサイタルにしたいと思います。
[PR]
by saori-kitamura | 2009-09-15 08:10 | 演奏会に行った後に・・ | Trackback | Comments(0)

近頃のテーマ

最近、よく考えるのは、

「あいだ」
「人でなし」

という言葉である。


「あいだ」ということを考え始めると、「生きる」ということは、何もかもが「あいだ」によって構成されているように思える。

あらゆる「あいだ」を意識するかしないか、意識できるかできないか、意識するべきかしないべきか・・・・・。

「あいだ」を「自分」に置き換えて考えてみると・・・・・また「あいだ」が見えてくる。

そんなことの繰り返しである。つまり、時間でも空間でも自分を意識しようとすれば、あいだが生じるわけであり・・・・・そのあいだをどうするべきか・・・・なんて考えるのでありますが、それにいったいどんな意味があるのかと、問われれば、まったく答えはありません。

「人でなし」という言葉も、実に私を刺激します。

「人でなし」とは、
「思いやりや人情のないこと。人間とは認められないような心の冷たい人。人非人」とある。(国語辞典 角川)

言葉の使い分けとして、国語辞典によれば、「人」とは、一人前と社会で認められた存在をいうらしい。

では、「人であり」ということは、「思いやりや暖かい心を持ち、社会的に認められた一人前の人間」ということなのか。



実は、今日は何も約束がないため、朝から風呂でも入り、ゆっくり読書と決め込んで、太宰治「ヴィヨンの妻」に収まっている短編を読み始めたのだが、これが実に面白い。今まで太宰を読んだことはなかったのだが、実に面白いのである。・・・しかし、面白い故に、どうにもこうにも、小説の内容よりも、上記の「あいだ」と「人」と、太宰と、登場人物達の絡み合った、「妄想」(私の悪癖だ・・・)が膨らみすぎて、収拾つかず、一旦風呂から上がって、ブログでも書いて落ち着くか・・・と、このようなことになったわけである。


・・・・・・と、今日は、太宰がすっかり私に住み着いているわけですが、
(影響を受けやすい性質でので・・・)

「人間失格」へと向かう勇気を持たねばならぬ・・・・と思うのであります。
人間を失格したもの・・・・・・・すなわち、「人でなし」???

斜陽館に行ったお陰で、太宰治という人物や、かれの言葉と、わたしとの「あいだ」が変化したようです。

「人」である、「人」として生きるということは、なんと難しいことなのでありましょう・・・・。



では、もう一度、風呂へと戻ります(笑)
[PR]
by saori-kitamura | 2009-09-11 11:10 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(0)

父の戦争体験

次女の夏休みの宿題に、戦争体験を聞く、というのがあった。

私も娘の頃、そういう課題が出て、作文を書かなければいけなかった。

身近な戦争体験者は・・・とうぜん両親である。

戦争当時、母の自宅は水戸市内であったらしいが、母とその妹は、母親や姉達と離れ、茨城の田舎の親族の家に疎開していたため、あまり厳しい体験の思い出はないらしい。

しかし、市内にいた伯母からは空襲で逃げまとったことや、その時、ひとりでいる小さな女の子をみつけ、置き去りにすることができず、祖母が3人の伯母達と一緒に連れて逃げた話を、割と最近聞いた。何とか皆無事に生き延びて、祖母は、その女の子を引き取る覚悟をしていたという。しかし、幸いなことに、その子の母親が見つかったのだそうだ。

その女の子も、今では70歳ぐらいだろうけれど、今もそのことを覚えている、もしくは母親から聞かされているのだろうか・・・。


一方父は、宇都宮に住んでいた。宇都宮にも空襲があり、小学生だった父は、翌日、駅周辺の片付けに借り出されていた。

事件はその時起こった。この時の話を、小学生だった私は、父から聞いたのだ。

あたりは焼け野原で、リヤカーや板にガラクタや、又は、死体を乗せ、運ぶのが仕事だった。
そこへ、B29が一機飛んで来たのだ。しかし、まわりは焼け野原、隠れるところなんかない。

父は、駅に止まっていた貨物列車の下にもぐりこんだ。他の子供達も一緒にもぐりこんだ。

ダダダダダ・・・・弾が貨物列車に走った。すると、父の手に(足だったかな?)、生暖かい感触があり、となりの少年がうめいていた。その少年は弾に当たり、大量に出血していたのだ。

父はこわくなって、列車から這い出し、履いていた下駄を手にもって、「おかあさ~ん」と叫びながら、一目散に家まで走って帰ったのだそうだ。


このことを、父から聞いて、私は作文に書いたのだけれど、父が途中から、「パパの言うとおり書け」と言い出して、口述筆記になり、結局翌朝、机には、直しの入った原稿用紙があった。

私はそれを丸々書き写して提出した。そうしたら、なんと、その作文が選ばれ、クラスに紹介されたのみならず、学校新聞のような、全保護者向けの配布物に掲載されてしまった。

そりゃ、本人が書いたのだから、リアリティーに溢れていたとおもう。

父が、私の作品に手を出すということは、これに限らず、何度も起こることなんだけれど。
(描きかけの静物画が、寝ている間に仕上がっていたり・・・。しかも、父の得意な油画風に・・・。
風景画の時もそうだった・・・・・・・。このときは、たしか、学年代表で市の展覧会に出品されてしまった。私の絵じゃないのに・・・)



その後も、その話を時々、ちょこっと話すこともあったけれど、あれ以来、きちんと聞く機会はなかった。

今思えば、この時、ちゃんと聞いておいて良かった。

母に、このときの作文が残っていないか、探してもらったが、残念ながら見つからなかった。つくづく残念。

先日の法要で、父の姉に、このときのことを聞いた。

「たかちゃんは、本当にこわかったんだと思うよ~。それからしばらくは、様子がおかしかった」

と言っていた。

戦争の生体験談を、身近な人から聞けるうちに、聞いておこうと思った。

今まであまり感じていなかったけれど、父も母も、叔父も、伯母も、子供ながらに戦争体験者なんですよね。。。



体験談ではないけれど、母方の祖父は職業軍人で、水戸では、なかなかえらい人だったらしい。太平洋戦争に発展する前に戦死しているが、遺品がきれいに残されていて、伯母が大事に保管している。

それを、数年前に一度見せてもらったことがある。勲章はじめ、軍服、それに付随するもの(詳しくかけない・・)などが収まっている、映画でよく見かける皮のトランク・・・・・・。それもかなり衝撃的だった。

伯母は、私が生きている間は大事に持っていたい・・・といっていた。
[PR]
by saori-kitamura | 2009-09-08 13:38 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(2)

いよいよ最終日、斜陽館

最終日は雨。
師匠とは別行動で、白神山地の観光用遊歩道「ミニ白神」に行く予定にしていたが、雨空のため断念し、
共に太宰治記念館の「斜陽館」へ足を延ばすことに。
でも、斜陽館の写真はこちらにまかせることにします。

なんせ、この日は長いのだ・・・・・。

またまたお昼は食べ損ね、やれやれと五所川原から「リゾートしらかみ」に乗り込む。
秋田までの海岸線を走る人気の列車なので、白神山地と共に、とっても楽しみにしていたのに、あいにくの・・・・あめ・・・・・・。


千畳敷の絶景を、打ち付ける大雨の中眺めていると・・・・・・きゅきゅきゅーっとブレーキ。まさかの運転中止。

しばらく列車に足止め。ようやく代行のバスが到着するが、狭い座席に定員ぴったり乗り込み、ギュウギュウ。
雨の山道を東能代に向けてバスは走る。

なんともさびしく、むなしく、くやしく、悲しく。。。。。。仕方がないとはゆえ、やり場のない気持ち。

東能代から奥羽本線にて秋田へ。

秋田に10時ごろ到着するが、どうしてよいのやら・・・・・。
深夜バスなど模索するも、結局JRの職員さんの助言もあり、一泊して翌朝のこまちで帰る事に。

駅と直結のビジネスホテルのチェックインして、平島さんと夕食へ。
本当は新幹線でのお弁当を楽しみにしていたのに・・・・結局その夜も10時半の遅い夕食。

翌日の午後、やっと、やっと八王子へ到着。なが~い帰り道でした。

もともと、ただでさえ長い道のりなのに、こんなことになってしまい、平島師匠には申し訳ないという思いと、正直、ひとりじゃなくてよかった・・・という思いと。ひとり、秋田で途方にくれている自分を想像するとね、こわい。

以上、てつこ的鯵ヶ沢の旅レポートでした。

b0107771_17313179.jpg

b0107771_173847100.jpg


津軽鉄道にも乗れました!!天気悪いなあ・・・。
[PR]
by saori-kitamura | 2009-09-02 17:32 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(0)

録音を終えて・・・その四

録音二日目。まずスーパーにてエネルギー源を仕入れて、録音に挑む。
がんばって、がんばって、やっぱり夜遅くになってしまう。

さて、また夕飯食べ損ね・・・は嫌なので、開いてる居酒屋さんを探して行ってみる。
とりあえず、名物のイカ、ホタテを食す。豚肉も地元ブランド肉。
b0107771_16533039.jpg
b0107771_16535525.jpg


疲れたね~と、まったりと遅い夕食。
[PR]
by saori-kitamura | 2009-09-02 16:56 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(0)

録音を終えて・・・その三

一日目の夕食は、加藤社長のご推薦のお店へ。
b0107771_16251766.jpg

大将、美味しかったです。
b0107771_1632075.jpg


翌朝、散歩をしました。
b0107771_1637042.jpg

光の具合が上手くいきませんでしたが・・・ホールは本当に海辺に建っています。
b0107771_16373680.jpg

b0107771_16405174.jpg

丘の上がホテルです。しょっぱくて、茶色の温泉。
b0107771_16385330.jpg


いよいよ録音開始。
夜まで夢中でがんばって、昼ごはんも夜ご飯も食べ損ね・・・・・・9時半過ぎにラーメンをすする。はふ~~。
[PR]
by saori-kitamura | 2009-09-02 16:43 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(0)

録音を終えて・・・その弐

録音を行ったのは、青森県鯵ヶ沢町の日本海拠点館 。

旅の一日目

9時過ぎに自宅を出発し、
11時22分
大宮~東北新幹線「はやて」に乗り、
八戸~特急「白鳥」に乗り、
b0107771_15431227.jpg

青森~奥羽本線に乗り、
b0107771_1547564.jpg

線路はまっすぐで
b0107771_1553599.jpg

川部~「リゾートしらかみ」(五能線)に乗り、
b0107771_15532334.jpg

旅のお供も、岩木山をバックに、このようなくつろぎようで・・
b0107771_1555478.jpg



ようやく・・・ようやく・・・

鯵ヶ沢。時刻は5時12分。


てつこ満喫な一日でした。
[PR]
by saori-kitamura | 2009-09-02 16:00 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(0)

ソプラノ歌手 北村さおりの日常あれこれと音楽活動のご紹介。 


by saori-kitamura
プロフィールを見る
画像一覧