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暑いけれど、盛り上がろう!

真夏のあつ〜い最中ですが、ぜひお出かけください。

メンバーの方々とは新しい出会い。
ご縁に感謝して、楽しみながら歌いたいと思います。

ルチアから、1幕のアリアからエドガルドとルチアの二重唱まで通して歌います。今回、カーリアミーチのエドガルド君とは、また違った恋なのです。

おんなじ人物ですけど、歌う方が変われば毎回違う恋愛なのです。うふふ。オペラってお得♡

ぜひいらしてくださいませ。

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by saori-kitamura | 2014-07-19 14:42 | Trackback | Comments(0)

父の誕生日に  父の思いでその2

父は兄弟仲がとても良かった。妹が宇都宮から東京の学校へ遠距離通っている時は、毎晩自転車で駅まで迎えに行っていたそうです。姉とはべったりと仲がよく、東京でも一緒に暮らし、名前で呼び合い仲が良いのでよく夫婦に間違えられたとか。社交的で行動的であるとも言えますが、実家側からみると心配の絶えない父だったようです。父が自由に東京に行けたのも、実家のお兄さんがしっかりと両親や家を守ってくれていたからです。
姉、妹のおばのことは名前で呼んでいたのに、おじのことは「アニキ」と呼んでいました。尊敬していたのだろうと思います。

母との出会いは電撃的。プロポーズはあっという間だったようですが、結婚には重要な問題が。当時教会では信者同士の結婚しか認められていませんでした。別に、教会で結婚式を挙げなければいいだけのことですが、母は要理に通い、洗礼を受けてから結婚をすることになりました。それはなんで?と聞いてみましたが、当たり前だと思ったし、自然に・・・ということだったようです。そんなものでしょうか・・・・母もけっこう不思議です。

結婚してしばらくは両親で教会に通い、長女には幼児洗礼を授けたものの、その後八王子に引っ越しをきっかけに両親は教会へ行かなくなったようです。

私は子供の頃、おばあちゃん、おじいちゃんのお墓参りでお寺には行くけど、もしかしてうちはキリスト教なのかしら・・・おばさんたち、いとこたちも教会に行っているようだし・・・と気になっていました。ついに中学の時、父におそるおそる「教会に行ってみたい」と言ってみました。。父はクリスマスのミサに連れて行ってくれました。初めての儀式(ミサ)で、何がなにやら全くわかりませんでしたが、父が他の人と同じように、ひざまずいて祈りを唱えたり、立ったり座ったり・・・・。ああ、やっぱり父は教会の人だったんだ、とはじめて納得しました。しかし、その後、続けて教会に行くこともなく、話になることもなく、私は高校生になりました。

東京純心女子高校はうちから一番近い私立の女子校で、ミッションだからと言う訳で進学した訳ではなく、学力的に選んだ学校でした。

入学式のまえ、たぶん制服や教材などを取りに行ったとき、父と行きました。すると父がいつの間にかシスターたちと仲良く話し込んでいて、当時父のそういう社交的なところが恥ずかしいと思っていた私は「イーヤー!!」と心で叫んでいたのですが、宇都宮教会のことや、お世話になったフランシスコ会の神父さまのことをご存知のシスターがいて、父はとっても嬉しかったようです。

入学後、特に何か大きな感動やきっかけがあった訳でもありませんでしたが、わたしも「当たり前のように、自然に・・・」八王子教会の要理に通うことになり洗礼を受けました。しかし、父は洗礼式に来たかしら・・・その後も教会へはつながりを持つようになりましたがミサに行くことは少なかったような、、、。動けなくなってから、病床の父の見舞いに神父さまは通って下さいましたが、父は最後まで熱心な信者のようには見えませんでした。

しかし、今回この話を聞き、やっぱり父は神様とともにあり、神様によばれて信仰の道を選んだのだろうと確信しました。
そして、わたしも。
神様のそばで育ち、あるとき、神様の呼びかけを聞いたのだな、と思います。

ただし、父と同じで不良信者、ミサはさぼりっぱなしですけれど・・・・・。





まだみんなで迎えることが出来たお正月。
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東京純心女子高校の入学式。登下校では、このマリアさまにご挨拶する習慣が。ごきげんよう・・・とは言いませんけど。
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by saori-kitamura | 2014-07-02 09:34 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(0)

ルーツをたどる・・・神様によばれた父

年をとると自分のルーツを知りたくなるものなのでしょうか。

今日は亡き父の83歳の誕生日ですが、なぜ父はカトリック信者となり、そして私もカトリック信者となったのか・・・・そもそも父はどんな青春時代を過ごし、どんな仕事をして、どうやって母と出会い、私たちは家族となったのか。
プライベートなことですが、記録として書いておこうと思います。

父が亡くなってもう7年が過ぎますが、生前そのようなことを本人から聞く機会はありませんでした。母も結婚前のことはよく知らなかったそうです。
子供の頃の話と言えば、祖父が務めていた宇大付属に通っていた父、やんちゃで先生に叱られては、大学の職員室の祖父の机の下に潜り込み、担任の先生を困らせていた話。
そして、戦争中の中学生のとき、宇都宮の空襲のあと、駅周辺の片付け(がれきもそうだが死体もあったそうだ)をしていると、突然低空飛行で飛行機が現れ、追いかけられるように集中砲火を浴び、友人たちが死んで行った話。弾に追いかけられ、駅にとまっていた列車の下に潜り込んだ生徒たちだが、その列車を飛行機は打ち抜いていった。飛行機が去ったあと、父の手には暖かいものが流れてきて、気がつくと血の海だった。怖くなった父は、列車からぬけだし、げたを手に持ち、「おかあさーん」と叫びながら家までひたすら走ったと言う話。

このような話を子供の頃聞いたからか、父に昔の話を聞きたいとは、大人になってからも思ったことはなかった。聞いてはいけないような・・・。

父は5人兄弟。宇都宮の実家を継いで県庁に勤めた長男。東京で洋裁の仕事をしていた長女。その姉と一緒に東京に出た父。結婚まで教会の幼稚園の先生をしていた次女。そして幼少時に亡くなった男の子が一人いたそうだ。

もう、長女であるおば以外は亡くなっている。

法事で、おばといとこたちが集まったとき、父の子供の頃の話を聞いた。
想像していた父とは随分違っていた。
私たちの知ってる父は、器用で、絵を描いたりモノを作ったり何でも出来る人で、親戚付き合いもマメで、人気者タイプ。
だけど、子供の頃は、次男らしく?言い出したらきかない、じっとしてないタイプの男の子だったらしいです。
大人になって東京でおばと二人で暮らしている時も、夜も仕事で忙しいおばに、一緒に映画にいこうと、よくせがんだそうです。


そして、祖母、長女、父、次女、父のいとこたちがカトリック信者となったきっかけの話になり、私はてっきり、最初はおば達が教会にあこがれて通うようになり、父はきっとおいしいお菓子にでも釣られて教会に通ったのだろうと思っていた。

実際は、戦後すぐ、最初に、ひとりのいとこが教会に通うようになり、ついに親には内緒で洗礼をうけた(そののちノートルダムのシスターとなる)。その話を聞いていた父達だったが、教会には行っていなかった。ところがある日、父が祖母に教会に行ってみたいと言い出したらしいのだ。父はとてもやんちゃなわがままで言い出したら聞かない。祖母は仕方なく、姉のおばを付き添わせて教会に行くことを許可したというのだ。そのうち妹も一緒に行くようになり、他のいとこたちも教会に通いだし、次々洗礼を受けて行った。

そして、あるとき、ついに祖母が洗礼を受けたいと言い出したらしいのだ。
その理由は・・・・当時、どのような仕事をしていたのか詳しくは聞けなかったけれど、戦後の混乱期、父の周りには薬や犯罪がごく身近で、祖母はとても心配していたが、そのようなことに手を染めず、まともな大人になれたのは、きっと神様のおかげに違いない・・・だから私も神様を信じたいと、祖母は言ったらしい。しかし祖父や長男、長男の家族は信者ではない。そんな中で、祖母は洗礼を受けた。

そのことについて、祖母と一緒に暮らしていた、実家のいとこが言うには、実家の中でひとりだけ信者となった祖母は、大きな十字架を背負ったように、苦しんでいたようだったと言っていた。

次回は私のことを考えたいと思う。私が生まれた時は、両親は教会には通ってなく、我が家にはキリスト教的教育は、まったくなかったと思う。しかし、なんとなく、私は子供の頃から気になっていたのです。
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by saori-kitamura | 2014-07-02 02:11 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(0)

ソプラノ歌手 北村さおりの日常あれこれと音楽活動のご紹介。 


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