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レッスンの可能性が広がります

今年から、歌う方も教える方も、もっともっと頑張ってみようと新しい活動に奮闘しております。

そのひとつとして、この度、カノン音楽教室でもお世話になる事になりました。
これまでも何度かイベントなどご一緒させて頂いてきたお教室主催の奥村先生の素晴らしいビジョンに大いに共感。これだけの素晴らしい講師陣を揃えていらっしゃるところからも、奥村さんの本気の心意気を感じずにはいられません。

一般の愛好家の方々に、より音楽を楽しんでいただける様、講師の皆様と協力して、仕事として教えるだけでなく、教室を通して私たちも様々に活動を展開していけそうです。

自宅でのレッスンに加え、綾瀬でもレッスンができる様になりました。
遠方の方、ぜひご利用ください。

まずは体験レッスンなどをご利用になり、お教室の様子などをご覧ください。
レッスン料金などはお教室の規約に準じますが、回数や時間などはご相談でご希望になるべく沿いたいと思います。

http://www.canon-music.com/course15/vocal.html

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by saori-kitamura | 2015-06-24 13:32 | あれこれ・・・ | Trackback | Comments(0)

芸術の家

昨日は先週に続き、藤野芸術の家で「歌」講座。
今年も沢山の方々にご参加頂き、講座が終わってからも質問、ご要望が止まらず、皆さんすごいパワー。でも、本数の少ないバスを逃すと帰れないので、私も参加者様も時計見ながら大変、大変!皆様、それぞれ異なる悩みや目的を持ってご参加下さっているので、決まった時間、条件の中でも手応えある講座になる様、来年に向けて更に研究です。毎回ですが、特に今年は申し込みが多く、お断りせざるを得なかったそう。
世の中、歌いたい方が沢山いらっしゃるのですね。たぶん、もっと もっといらっしゃると思われます。そんな方々ともっと出会えるチャンスを作りたいと思っています。

藤野芸術の家、仕事ではなくプライベートでお泊まりに行きたいです。近いし、安いし、温泉だし、ひとり合宿とか、、、それは寂しいかな?

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藤野のラブレター。駅から見えます。

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by saori-kitamura | 2015-06-22 07:37 | Trackback | Comments(0)

訂正

今更ですが・・・
当日に配布したプログラムに誤字がありました。
挟み込みのシマノフスキの解説部分で、「足下」(あしもと)となるところが、「足音」となっておりました。
申し訳ございません。

ブログに掲載したものは訂正済みです。
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by saori-kitamura | 2015-06-11 19:00 | 演奏会で歌った後に・・ | Trackback | Comments(0)

小さき花の詩vol.6

*〜Programm〜*

Wolfgang Amadeus Mozart ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)
 Schon lacht der holde Frühling,K580  コンサートアリア「やさしい春がもうほほ笑んで」

Richard Strauss リヒャルト・シュトラウス(1864-1949) 
Sechs Lieder nach Gedichten von Clemens Brentano op. 68
 「ブレンターノの詩による6つの歌曲」 より
・An die Nacht 夜に
・Ich wollt ein Sträußlein binden 私は花束を編みたかった
・Säus'le, liebe Myrte! 葉を鳴らせ、愛らしいミルテよ
・Als mir dein Lied erklang あなたの歌が響いたとき

山田耕筰(1886~1965)
 「幽隠」  ・花の色は ・忘らるる ・あらざらむ ・玉の緒よ ・わが袖は


Gustav Holst グスタフ・ホルスト(1874-1934)
4 Songs for Voice and Violin Op.35 「声とヴァイオリンのための4つの歌 」
  Ⅰ Jesu sweet イエズス あなたに唄う
   Ⅱ My soul has nought but fire and ice 我が魂は火であり氷であれば
   Ⅲ sing of a maiden 私が唄うは乙女
   Ⅳ My Leman is so true 私の愛する方は偽りがなく

Karol Szymanowski カロル・シマノフスキ(1882-1937)
Vokalise-Etüde ヴォカリーズ
Trzy kołysanki op.48 「3つの子守唄」
   Ⅰ Pochyl się cicho nad kołyską ゆりかごのうえに
   Ⅱ Śpiewam morzu 海に向かって歌う
   Ⅲ Biały krąg księżyca 月の白い円盤
Vier Gesänge op.41 「4つの歌」
     Ⅰ Mein Herz 私の心
     Ⅱ Der junge Prinz(1) 若い王子様が
     Ⅲ Der junge Prinz(2) 若い王子様が
     Ⅳ Das letzte Lied 最後の歌

Nicolas Medtner ニコライ・メトネル(1880-1951)
 Sonate-Vocalise C-Dur, Op. 41/1, mit einem Motto "Geweihter Platz" von Goethe
 「ソナタ・ヴォカリーズ」 ゲーテの詩「聖なる場所」付き

*小さき花のごあいさつ*

・・・「小さき花の詩」とは私のブログのタイトルでもありまして、聖書に「思い煩うな。野のゆりを見なさい。つむぐことも織ることもしない」とあるように、またカトリック教会の聖人である小さき花のテレジアが生きた「小さな道」に習い、「何か立派なことをしようとするのではなく、神様(音楽)の前では最も小さなものでありたい」という思いを込めています・・・
 
 これは2008年7月23日に、みなとみらい小ホールで開催したリサイタルプログラムからの抜粋です。リサイタルに「小さき花の詩」とタイトルを付けたのは、この4回目のリサイタルからでした。意気込んではじめたリサイタルでしたが、歌い続けていくことは簡単なことではなく、くじけそうになっていたこの頃。しかし、他と比べるのではなく、やれることを私なりに演奏できればいいではないか!と少々自分勝手な気持ちになって臨んだのがこのリサイタルでした。
 そして、今日、2005年の初リサイタルより、八王子郷土の響きコンサートも含め、通算10回目のリサイタルを迎えることが出来ました。
 故・朝倉蒼生先生はいつも暖かいご指導で「お客様はあなたを応援するために集まっているのだから怖いことはなにもない」と励まして下さり、ある時の伴奏者は「1回切りしか演奏できないと思うから緊張する。これから何度でも同じ曲を演奏したらいいじゃないか」とアガリ症の私の背中を押してくれました。おかげさまで、怖がりのアガリ症は変りませんが、リサイタルはレパートリーの始まりと開き直って、これまで大冒険をしてくることが出来ました。今回も山田さんという強い味方をお願いできたことは最高の幸運でした。すばらしいナビゲーターを得て、難解な道のりに挑むことが出来ました。そして摩理ちゃん・・・いつもは大きな舞台の緊張を分かち合う仲間ですが、一対一で向き合うことが出来る機会を持てたことは何と幸せなことでしょう。
 また、上智大学短期大学部の飯田純也先生(英語)、工藤花野先生(独語)、東京外国語大学2年生の神戸眞弓さん(ポーランド語)、その他、多くの方々に対訳・原語指導などお世話になりました。心より感謝申し上げます。
 今日は、私たちが挑んだ作品たちのすばらしさが少しでもお伝えできたなら幸いです。そして、また新たな冒険にチャレンジしたくなってしまうかも・・・


* 小さき花のプログラムノート *                   
 
 モーツァルト(1756-1791)のコンサートアリア「やさしい春がもうほほ笑んで」は、旋律、通奏低音、そして第1ヴァイオリンが記されただけの未完の作品で、現在は補完された版で演奏されているが、本日はピアノとヴァイオリンの編成にアレンジされたBreitkopf & Härtel版を基に演奏する。当時、ヨーロッパ中で大ヒットしていたパイジェッロの『セヴィリアの理髪師』がウィーンでもドイツ語上演されることになり、のちに「魔笛」夜の女王役を初演することとなるヨゼーファ・ホーファー夫人がロジーナ役を務めることになった。そこで義弟にあたるモーツァルトが、他人のオペラであるにもかかわらず、彼女の為に華やかなコロラトゥーラを配したコンサートアリアを作曲することになったのだ。しかし上演が中止となり、コンサートアリアの作曲も中断、未完となった。中間部のアンダンテはパミーナのアリアを彷彿とさせ、たいへん美しい。
 
 R.シュトラウス(1864-1949)「ブレンターノの詩による6つの歌曲」から。ブレンターノ(1778〜1842)はドイツロマン主義を代表する文学者・小説家・詩人。シュトラウスはそれぞれの曲に印象的なモチーフを用いて、技巧的でありながらロマンティックで幻想的なブレンターノの詩を歌わせている。のちに作曲家自身によって管弦楽版も作られた。シュトラウスの活躍した20世紀、世界は激動の時代であって、これまでの音楽は臨界を越えたように新しい音楽に突き進んでいた。しかし彼は長い人生にわたり後期ロマン派の精神を持つ続けた作曲家である。それはいつまでも時代遅れのスタイルに甘んじていたということではない。この曲たちにも感じられるように、もはや「詩と音楽」というロマン派たるリートの定義をも超越し、現代の新しいサウンドへギリギリ攻め込みながらも融点に位置するからこそ感じる様々な魅力に満ちているのではなかろうか。
 
 山田耕筰(1886~1965)は1919年、カーネギーホールでリサイタルを開催するためニューヨークを訪れており、そこで援助を受けた支援者への感謝として「幽隠」をわずか3日で作曲したとされている。百人一首を題材に、後期ロマン派を感じさせる骨格を持ちながら、箏曲や雅楽の要素が取り入れられたこの作品は、民族音楽的要素を取り入れることによって広がりを見せた現代音楽の流れの中で、まさにシマノフスキたちと同様に先端を行くものであり、山田耕筰がいかに世界的な感性を持っていたのかという証ではなかろうか。山田は1910年〜1913年ベルリンに留学、1917年〜1919年アメリカに滞在し、まさにアカデミックに音楽を学んだ。山田特有の日本語の美しさを生かした歌曲や童謡作品の多くは、のち、日本の文学界の発展や西洋音楽の受容などに伴い、数多く生み出されていく。
 
 ホルスト(1874-1934)は「惑星」の作曲家として有名だが、声楽作品も多数。グスタフの娘イモジェン・ホルスト(1907-1984音楽学者・指揮者)はDECCAよりリリースされているいるCDプログラムに以下のように書いている。「父は1916年に「歌とヴァイオリンのために4つの歌曲」を作曲しました。私たちは当時タックステッドに住んでいて、ある夏の夕方、たまたま教会に行ったとき、ある女性が開放弦のヴァイオリンで即興で演奏する歌詞のない歌を聴きました。その音は非常に印象的に中世風の人気のない教会の通路で反響し、彼に古い詩に曲を書くアイデアを与えたのです。」また、1907年頃に友人ヴォーン・ウィリアムズが編纂していた聖歌集からグレゴリオ聖歌を知り、それは彼の人生にずっと影響し続けたとも書いている。今回、訳詞を上智大学短期大学部准教授飯田純也先生にお願いし、訳詞には次の言葉が添えられていた。「私の翻訳は意訳に近いかもしれませんが、原詩の雰囲気を少しでも伝えるために、直感的にわかり、ことばをできるだけ繰り返すことで、音楽性に訴えるようにしました。実際、ホルストが典拠した詩集(A mediaeval anthology)を読むと、詩のことばが相互に反響し合ってるのがわかります。使われる言語は素朴ですが、同じ概念、感情が同じ語彙でさまざまに奏でられると、伝えられる感情と理念が立体的になります。」
 
シマノフスキ(1882-1937)は2006年リサイタルでも「ジェームス ジョイスの詩による7つの歌曲作品54」を取り上げた。その際にドイツ在住のピアニスト北美由紀さんが、おもしろい解説を書いてくれたので、以下に抜粋で紹介する。
・・・どういった経路でシマノフスキーがジョイスの<室内楽曲>などという詩集・散文集に至ったのか全くの謎であり憶測するしか道はないのだが、(アメリカでの教授職を得るためのデモンストレーションだったという意見もあるが)それはシマノフスキーの生い立ちに芽生えたコスモポリタンな傾向の表出ではないか。1882年現在のウクライナに生まれ裕福な両親のもとで豊かな教育を受けて育ったが、そこでは日本では考え難い程多数の人種、文化、気候、宗教が雑居する。ロシア人、タタール人、コサック人、ユダヤ人、アルメニア人、そしてシマノフスキーが26歳の時ようやく独立し彼の属することになるポーランド人。その狭間裕福な家庭に育った者特有の柔軟さと深い教養でもって幅広いジャンルの音楽に興味を示し自らの内に取り込んでゆく器用さをシマノフスキーは身に付けていた。西ヨーロッパは無論のこと、中近東、エジプト更には生まれ故郷東ヨーロッパの所謂民族音楽。しかもその土臭さ、未開拓な原始的部分を非常に上手く洗練された自らの語法、複雑で理論的な和声をオブラートとして包み聴く側に違和感を与えず消化させることにも成功した数少ない例ではないだろうか・・・
 そして今回も山田さんがシマノフスキについて文章を寄せて下さった。これほどにシマノフスキに理解のある伴奏者が他にいるであろうか・・・。
 
 メトネル(1880-1951)も2008年に続き2度目の登場。その際はゲーテ歌曲集から7曲を演奏したが、「ソナタ・ヴォカリーズ」はプログラムに入りきらず断念した。メトネルはロシアのモーツァルトともショパンとも呼ばれているそうだが、ゲーテ歌曲集ではヴォルフやマーラーなどを彷彿させるリートの手法を用いながらも、ロシア的な重厚かつ濃厚な響きとスケールでドラマティックな世界を創っている。親友であったラフマニノフ同様にピアノパートが雄弁で叙情的。両親はドイツ系。1921年に亡命、パリを経てロンドンに移住している。ピアノ曲でも独特の詩的世界を表現しているが、日本ではなぜか知られざる作曲家のひとりであろう。メトネルには「ヴォカリーズ」がもう1曲あるのだが、ヴォカリーズと言えばラヴェル、フォーレなどにもあるが、それらはエチュードと位置づけられている。シマノフスキ然り。しかし、こちらは15分にも及ぶ「ソナタ」である。ラフマニノフはじめロシア作曲家のヴォカリーズに名作が多いことは興味深い。ところでゲーテのこの「聖なる場所」をご存知だった方はいるであろうか。邦訳された資料を探してもなかなかたどり着けないので、上短の工藤先生にご相談したところ、ゲーテ全集ベルリン版にならあるだろうということで調べて下さった。それによると、初出版は1827年、成立は1782年、ワイマールで同業だった詩人・翻訳家ヴィーラントの胸像の台座用に書かれたという。よって、この詩の中の「詩人」とはゲーテというよりヴィーラントのことなのであろう。
 
 一通り解説を書き終えて、先日(5/21)王子ホールで聞いたピオーのリサイタルを思い起こしている。ほぼ同世代で活躍している歌手の中で最も親しみを持って尊敬する歌手である。(先輩世代ではオジェーであろうか。)幅広いレパートーのどれもがすばらしく、CDもほぼ持っていると思うし、それらに完全に影響されていると思う。今回の演奏曲は2007年のCDに納められたプログラムであったが、私の以前のリサイタルでもさっそく同じ曲を取り上げているほどである。しかしマネしたところで、まったく別次元でピオーの演奏はすばらしかった。特にフランス語の歌のなんと自由で美しいこと!!
歌曲の演奏で外国語の不自由さは必ず付いて回る。自分の実力不足を悔しいと思う。それでも作品への憧憬は募るばかり。たとえマネでも偽物でも、どうにかして身近に感じてみたいのだ。
 今回、飯田先生の訳詞をはじめて読んだ時、激しく感動に震えた。自分なりに辞書を引き、単語の意味も、大意も掴んでいたし、原詩を直訳的に理解することが演奏には重要だと思っていた。しかしそれは表面的な理解であったと思い知った。言葉とはそう言うものなのだ。この感動をどのように演奏に反映できるのだろうか。
 また、「音譜が複雑」「技術的に演奏が困難」「解釈も難しい」「ポーランド語も難しい」云々難し尽くしのシマノフスキであるが、確かに難しい。だがしかし、たとえつたない演奏であったとしても、その中に「美しい」「芸術的」「哲学的」なものを感じていただけたらうれしい。音楽、原語、詩、声、ピアノ・・・歌はあらゆる要素が絡みあった芸術だと言えるが、そのうちのどれかひとつだけであっても、共感する美しさを見つけていただけたら、今日の演奏は成功だと思いたい!

私とシマノフスキ      山田 剛史  
今回、北村さおりさんにリサイタルの伴奏を依頼して頂いたのは大変光栄なことです。私に伴奏をご依頼くださる歌手たちは、いつも個性豊かで挑戦的なプログラムを組むことが常で、たとえば昨年私が弾いたものを挙げると、ヴィラ=ロボス、ストラヴィンスキー、バーバー、ナッセン…などなど。こうした作品はピアノパートの負担も大きく、私は勉強に大わらわですが、未知の音楽世界との遭遇はつねに私をわくわくさせ、私の世界を豊かにしてくれます。

 そんな私にとっても、本日のプログラム選曲は、最高に斬新でチャレンジングなものです。なかでもシマノフスキの歌曲がたくさんプログラムに入ったのは、私にとってうれしい驚きでした。と申しますのも、私が修士論文のテーマに選んだのが他ならぬシマノフスキのピアノソナタであり、この作曲家には若い頃の思い出と相俟った、何か特別な愛着があるからです。北村さんも、かねてからシマノフスキを好んで演奏会で取り上げて来られたということで、偶然の幸運の出会いとなりました。

 シマノフスキはショパン以後の最も重要なポーランドの作曲家で、ドビュッシーやバルトーク、スクリャービンと並び、20世紀初頭の音楽界の最先端を走っていた人物です。ショパンのような繊細な感性、後期ロマン派の分厚いポリフォニー書法、そして同時代の作曲家が用いていた斬新な音響作りの技法がないまぜになり、特に1910年代の作品は、一度聴けば忘れられないほど特徴的でゴージャスな響きと、説得力のある音楽構築をそなえた、立派な作品ばかりです。のちに1920年代には、ポーランド山岳地帯の少数民族の音楽から影響を受け、書法はシンプルで透明感のあるものに変化してきます。これは、実際には当時のヨーロッパ音楽界の潮流を追いかけた結果ともいえるもので、1920年代といえば第一次世界大戦の後、ある種の豊かさが消え、新古典主義、新即物主義など、より明快で冷徹な価値観が台頭してきた時代でした。また、1921年にパリで旧知のストラヴィンスキーと再会した際、ロシア民謡素材にもとづく彼のバレエ音楽「結婚」に触れたことも、シマノフスキの作風に大きな影響を与えたと言われています。

 本日のプログラムの中では、「4つの歌曲 Op.41」のみ1910年代に書かれた作品、後は1920年代の作品です。当初、この「4つの歌曲」をプログラムに入れるのを躊躇されていた北村さんに対し、「ぜひこの作品は演奏するべきだ」と、畏れ多くも私の方から背中を押させて頂きました。イスラムやオリエント文化にも大きな興味を持ってたシマノフスキ、当時ヨーロッパでも大きな影響力のあったインドの詩人タゴールの詩につけた音楽は、大変複雑で混沌とした、しかしながらエキゾチックで豊かな魅力に満ちています。

 誤解を恐れずに言うと、シマノフスキの音楽はいくぶん「人工的」な響きをもっています。有機的で自在な音楽というより、緻密に計算されながら3D映画のようにリアルに迫ってくる音楽。響きに対するシマノフスキの感性は本当に天才的なものだと思いますが、それを現実化する彼の手法があくまで左脳的であるのは面白いです。今日はシマノフスキの音楽の魅力を、少しでも多くの方にお伝えすることができたら嬉しく思っています。

歌とヴァイオリン          三ツ木摩理  
 15世紀、ヴァイオリンは突如として、現在とほぼ変わらない「完成形」であらわれた不思議な楽器です。当時はモテットやマドリガルなど、歌のパートと一緒に演奏されるのが主な用途でした。17世紀に入り、歌から独立し器楽としての分野を確立し始めても、バロック、古典、ロマン派と19世紀に至るまで、すべての弦楽器の専門書には「人間の声はヴァイオリン演奏の完璧なお手本である」と書かれているそうです。
歌と寄り添うことから歩み始めたヴァイオリンという楽器。

 小さいころから様々なヴァイオリンを弾くための勉強をしますが、日本では独特な方向へ偏りがちだと思います。その疑問を埋めてくれたのが「歌と弾く」ということでした。弓で弦を引っ張れば音が鳴るヴァイオリンと違い、「歌う」ということは、そもそも呼吸を使わなければ声は出ませんし、それを音楽とともに、自分の体や心全体との調和をはかり、限られたストライクゾーンを探し当てながらつくっていく作業と言っても良いのではないでしょうか。
 そして、なにより歌詞がつくということ。ヴァイオリンで歌に寄り添うことにより、言葉は話せないはずの楽器が喋り始めます。その立体感を突き詰めていくと、私の体や心の奥の意識していないところから、ヴァイオリンを通して私の声が溢れでてきます。
「言葉にできないものを伝える、共有するためにヴァイオリンを弾きたい」と思っている私には、この体験が何よりも自分の表現の幅を広げてくれます。

 ワーグナーのような80人を超えるオーケストラで5時間のオペラのコンサートマスターをするときも、今回のように歌とヴァイオリンだけの、これ以上ないシンプルで小さな作品を弾かせていただくときも、やはり創り上げていく作業は同じです。透明になったヴァイオリンとともに、全員の音楽を理解するよう努力し、一緒に演奏するひとの呼吸と思いを感じとる。
声から発する実際の言葉とともに、その声や他の楽器から出てくる呼吸の気配に話しかけ、受け止める。まさに実際の会話ではできない次元のコミュニケーションです。

 いつもはコンサートマスターとして、オーケストラや指揮者とともにご一緒させていただくことの多いさおりさん。さおりさんの背中を見つめながら、または、頭の上から降ってくる素敵な歌声を浴びながら弾かせていただいていましたが、今回のように真横で、同じ目線で弾かせていただくことで、また違う会話が生まれてきたように思います。
そんな私たち2人、また主人とともに3人のコミュニケーションから生まれるものが、お客様の幸せのどこかをトントンとノックさせていただけることを願っています。

素敵な機会をくださったさおりさんに、たくさんの感謝を。


挟み込みの対訳集にも解説を追記した。

カロル・シマノフスキ 
「3つの子守唄」 

シマノフスキの従兄弟で詩人、小説家のヤロスワフ・イヴァシュキェヴィチ(J. Iwaszkiewicz 1894〜1980)の詩による。このコンビでオペラ「ロジェ王」も完成させている。子守唄といっても、いわゆるそれとは様相が異なる。解釈は難しいが、あえて言うならば「死」を連想させる詩である。民族様式確立に向かう大事な作品と言われ、調性はなく無調。和声にさっぱり弱い私なので詳しい楽曲分析は専門書に委ねたいが、冒頭の下降する4つの音の音程関係(短二度、長三度、短二度→減五度)が、全曲を通して構成要素として支配していることはきっと聞き取っていただけることと思う。第2曲ではバスに全三音(増四度、減五度)が、第3曲では完全5度(虚無5度)が常に鳴り続け、声部では、音程の連結の結果生み出された旋律が神秘的かつ異次元的空間を効果的に生み出しているように思う。

「ヴォカリーズ」
 ヴォカリーズとは「母音唱法」のこと。エチュードと記させているが、まとまった練習曲集として書かれたものではなさそうだ。作品番号がないが1928年の作曲で、1926年の「ジェームスジョイスによる7つの歌」op.54のあとに位置する。

「4つの歌」
 ラビンドラナート・タゴール(英語:Rabindranath Tagore 1861〜1941)はインドの詩人、思想家。
『ギーターンジャリ』によってノーベル文学賞を受賞している。日本でもいくつか訳本が出版されファンも多い。「歌の捧げもの」という題名のこの詩集に私も若き頃、大きな衝撃とともに出合った。
歌い手として感動なしには読めない詩集であることは間違いない。
この曲集は英語詩「園丁」のドイツ語訳に作曲された。この詩集は多くの作曲家にインスピレーションを与えたようで、特にツエムリンスキ「叙情交響曲」が大作である。
 いわゆる調性音楽を抜け出し、全音階に支配されたキラキラと溢れんばかりに連なる音列。実は、私は不安定な足もとで華麗な曲芸を見せるサーカス芸人のような気分で歌っているのだが、ピアニストは緻密な計算に基づいた音の並びは安定していると感じるそうだ。難解な楽譜も、ひとたび奏でられ音となれば、叙情が漂う美しいタゴールの神秘世界へと連れて行かれてしまう。不思議な魅力に満ちている。

ニコライ・メトネル
「ソナタ・ヴォカリーズ」Op. 41/1, ゲーテの詩「聖なる場所」付き
 モットーとは「標題・標語」ということ。リストなどが好んで作曲した交響詩と同じ意味合いであろう。単なる描写にとどまらず、ゲーテの詩から受けたインスピレーションが、女神たちの来訪、美しい歌、神秘の踊りなどといった動機としてソナタ形式の枠の中で組み立てられている。対位法、フーガ、カノンなどを効果的に配し、さらに半音階的進行、旋法的旋律、民族音楽的な和声の連結なども次々と表れ、まるでピアノコンチェルトを彷彿させる部分を経て再現部へ移っていく。同じ詩をモットーとし、これらの動機を5曲に分けた「ヴォカリーズ組曲op41-2」も作曲されている。前書きには主な母音「a」の他に「i」「e」も使用し、豊かな母音の音色を求める指示がある。
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by saori-kitamura | 2015-06-07 00:14 | リサイタルの記録 | Trackback | Comments(0)

無事終了 ありがとうございました。

無事にリサイタルを終えました。
ご来場くださいました皆様、励ましのお言葉を寄せて下さった皆様、本当にありがとうございました。

うまく言ったところも、やっぱり出来なかったところも、思いがけず失敗したところも・・・・色々ありますが、とにかくとにかく、本番はやって来て、過ぎて行きました。

私の演奏はさておき、ピアニストの技がすごすぎる・・・とか、ヴァイオリンさんがかわいすぎるとか・・・作曲家や作品も、いろんないろんな話題づくりは出来たみたいで嬉しいです。
昨日は、お弁当づくりで始まる普通の月曜日の朝を過ごし、まずは歯医者に。謎の歯の痛みやっぱりストレスなのか???

そして、午後は受付を手伝ってくれた近所の生徒さん達のお家に寄って、玄関先でおばちゃん同士のぺちゃくちゃ立ち話し。玄関周りのガーデニングを褒めたりお花を教えてもらったり、帰りに菜園でとえたタマネギ貰ったりして、いつもの主婦仲間モードでのんびり。
受付も慣れた方に頼めば仕事は楽ですが、こう言う仲間が手伝ってくれると心強いものですね。
感謝感謝です。

夕方からは、母と元美容師の姉が、娘たちの髪をカットしに来てくれたのでリビングがにわか美容室。台所は80歳の母に任せ、私は終わった楽譜や資料の山の整理して、夜には混沌状態を一旦リセット。

お礼状など、のんびり屋ですので遅くなってしまうかもしれませんがお許しくださいませ。

そして、今日からまた新しい楽譜を開きます。がんばります!!

写真プログラムノートなど、リサイタルの記録も、これからアップしていきたいと思っています。

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by saori-kitamura | 2015-06-02 12:04 | 演奏会で歌った後に・・ | Trackback | Comments(0)

ソプラノ歌手 北村さおりの日常あれこれと音楽活動のご紹介。 


by saori-kitamura